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<title>アジア・ジャーナル</title>
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<description>菅原秀が配信する紛争予防の知恵。人権、民主化支援、社会外交。</description>
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<title>ビルマ軍事政権にこれ以上騙されるな（１）&lt;br /&gt;</title>
<description>▼サイクロンの被害を受けた国民１００万人を何もせずに放置し、そのどさくさを利用して憲法策定の投票作業を強行したビルマ軍事政権。国際社会は怒りを持ってこの非道な政権に対峙し、彼らに支配された国民を一国でも早く解放しなければならない。▼ビルマの軍事政権をつけあがらせてきた国が中国であるが、今回の四川地震ではおおむね国民を守ろうとする姿勢を維持しているようだ。この機会にぜひ反省してもらい、ビルマへの支援政策を見直すように働きかけていかなければならない。▼中国ほど知られていないものの...</description>
<dc:subject>アジア基礎知識</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2008-05-25T20:59:27+09:00</dc:date>
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▼サイクロンの被害を受けた国民１００万人を何もせずに放置し、そのどさくさを利用して憲法策定の投票作業を強行したビルマ軍事政権。国際社会は怒りを持ってこの非道な政権に対峙し、彼らに支配された国民を一国でも早く解放しなければならない。▼ビルマの軍事政権をつけあがらせてきた国が中国であるが、今回の四川地震ではおおむね国民を守ろうとする姿勢を維持しているようだ。この機会にぜひ反省してもらい、ビルマへの支援政策を見直すように働きかけていかなければならない。▼中国ほど知られていないものの、日本もビルマ軍事政権を甘やかしてきた国の一つである。軍事政権がこれから強行しようとする「でっちあげ国民投票政策」を容認すれば、いつまで経ってもビルマの人々に平和と自由は訪れない。日本がどうなってビルマを甘やかしてきたかを２回にわたって報告する。（０８年５月２５日　菅原　秀）<br /><br /><br /><br />◆軍事政権を国家承認してしまった日本の失政<br /><br /><br />　ビルマ軍事政権は、国家平和開発評議会（ＳＰＤＣ）という任意団体である。この任意団体は８８年の発足当時は国家秩序回復評議会（ＳＬＯＲＣ）という仰々しい名前をつけて「国家の秩序を維持するために国を統治する」と宣言した。権力掌握と共に「秩序維持と平和の回復」「交通インフラの確保」「経済活動の保証」「複数政党制への民主化実現」を約束した布告１号を発表した。<br /><br /> しかしどの約束も、いいかげんな朝令暮改でごまかしてきたことから、信用を回復するために人気のないＳＬＯＲＣという呼び名を廃止して、ＳＰＤＣとして再デビューした。しかしデビュー後も、軍備拡張以外には何の仕事をしようともせず、２０年間に渡って権力の座に居座ってきた。<br /><br />　この任意団体ＳＰＤＣが軍事組織を保有しているのだから、始末に終えない。　<br /><br />　０７年９月のヤンゴンのデモで長井健司さんを殺害し、さらに０８年５月のサイクロンでは自国民被害者１００万人に救いの手を述べることなく放置し続けた。<br /><br />　ビルマ軍事政権の信用を国際的に失墜させただけでなく、その軍事政権を甘やかし続けてきた日本政府の信用も問われなければならない、重大問題なのである。<br /><br />　さて、この私の文章を見て、<br />「なんでビルマと書くのだろう。あの国はだいぶ前にミャンマーと国名を変更したのではないか」<br />と思われる人が多いかと思う。実は日本と違って他の国々には、この国の呼称変更を認めない人が多く、特に世界のジャーナリストの大部分は未だにビルマと呼称しているのである。<br /><br />　まずそのことから説明しないと、話がわかりにくくなる。ビルマの人権問題と深く関わっているからだ。<br />　１９８９年６月、ビルマ軍事政権は国連に対して、英語での呼称の変更を届けた。それまでのユニオン・オブ・バーマを、ユニオン・オブ・ミャンマーとしたのである。国連のルールでは議席を持っているその国の政権が国名変更を届ければ、自動的に受理しなければならない。したがって国連での国名変更は自動的に行なわれた。<br /><br />　しかしこの変更に対して、アメリカ、ヨーロッパ各国、北欧各国などが強く反発した。１９９０年の総選挙でアウンサンスーチー率いるＮＬＤが圧勝したにもかかわらず、政権を委譲せず、そのまま居座っている軍事政権が、国民の信を問うことなく勝手に国名変更することは容認できないと考えたのである。（アウンサンスーチーの日本語表記は、新聞ではアウン・サン・スー・チーだか、本人はビルマの人名表記原則を尊重してアウンサンスーチーにして欲しいと言っている）<br /><br />　さて変更の理由は何か。<br />　事情に詳しい田辺寿夫氏は、次のように解説している。<br /><br />「ビルマ語による国名は、ピダウンズ（連邦）・ミャンマー・ナインガン（国）のまま変わっていない。国名の変更にあたって軍事政権の担当者は、英語のバーマのもとになったバマーがビルマ族をさし、ほかの多くの民族が共住する連邦国家としては、そのすべてを包含するミャンマーという呼称のほうが寄りふさわしいと説明した。しかし、この説明が正確でないことを、内外の多くの識者が指摘している。バマーとミャンマーはもともと同じ語源の言葉で、おもにビルマ族とその国土を指すことは明らかであるからだ。バマーは交互としてよく使われ、ミャンマーはもともとビルマ語の国称として使われているように文語的な表現である。人々はこれまで、この二つを同じ意味の言葉として、とくに意識せずにごくふつうに使ってきた」『ビルマ　発展のなかの人びと』田辺寿夫著　岩波新書<br /><br />　現軍事政権を認めていない英語圏ではこの国を今でもBurma,北欧諸国はBirmaと呼び、各国のマスコミもそれに習っている。（ビルマという日本語の呼び方は北欧形なので、江戸時代にオランダから伝わったと思われる）<br /><br />　にもかかわらず日本政府とマスコミは、軍事政権の提案をいとも簡単に受け入れている。<br /><br />　まず８９年に７月から外務省と内閣法制局が今までのビルマ呼称をやめてミャンマーとすることを決定。それを受けた日本新聞協会は「現地の呼び方を尊重する」という理由で、８９年８月からミャンマーという表記に切り替えている。<br /><br />　前提となったのが、８９年１月の閣議決定である。８８年９月にビルマ軍はヤンゴンのデモを軍事力で制圧、数千人を殺害しビルマ連邦の全権を掌握した。軍は戒厳令をしくと同時に、国家秩序回復評議会という暫定国家管理組織をつくり、治安を押さえ込み、総選挙を行なうと明言した。日本政府はこのグループが治安を回復したことを評価し、閣議決定としてこの国の国家承認をしてしまったのである。<br /><br /><br />◆マスコミはビルマ表記に切り替え直すべきだ<br /><br />　９０年６月、約束どおり総選挙は実施され、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟（ＮＬＤ）が４８５議席のうち３９２議席を獲得した。軍事政権支持政党である民族統一党（ＵＮＰ）はわずか１０議席というありさまであった。しかし、その結果は反故にされ、逆に当選したＮＬＤの国会議員たちを全員逮捕して、軍事政権をそのまま維持したことは周知のとおりである。<br /><br />　日本政府は、ここで国家承認を取り消せばよかったのだが、ＯＤＡを一時凍結しただけで様子見をすることにした。この時点で本質を見誤ったのである。<br /><br />　ここから日本政府と国際社会とのボタンのかけ違いが始まることになる。<br />　そうした経緯の結果、見事なほどすっきりと国名呼称がミャンマーに切り替わったのが日本だ。ビルマ軍事政権の対日心理工作はみごとに成功したのである。<br /><br />　しかし英語圏からのニュースであるＣＮＮやＢＢＣなどの国際ニュースを聞いていただきたい。どのニュースのアナウンサーも、あいかわらずBurmaと呼称していることに気づくはずだ。<br /><br />それに対して、ビルマ軍事政権を支持する国であるロシア、中国、シンガポール、北朝鮮などから発信される英語放送を聞いていただきたい。これらの国の放送局では必ずMyanmarと呼称している。<br /><br />　また両者を混合している国もある。タイ、バングラデシュ、マレーシア、それに加えてＡＳＥＡＮ諸国の、ビルマと深い利害関係を持つ国々である。これらの国々は好むと好まざるに関わらずビルマとの接触を続けなければならない運命にあり、全体的にコンストラクティブ・エンゲージメント（建設的関与）という外交手段を採っている。これらの国々では、政府系メディアはミャンマー、反政府系メディアはビルマという形で報道し、それぞれの番組や記事の中では、ばらばらにふたつの呼称が併用されている状態である。<br /><br />　つまりビルマ軍政を支持する人々はミャンマー、軍政の居座りを許容しない人々はビルマという風に、全世界の世論を二分し、呼称自体が政治的なものになってしまったのである。<br /><br />　日本では、在日ビルマ人による民主化団体と、日本人の支援団体がこの国の民意抜きの呼称変更を認めずに、ビルマと呼んでいる。テレビや新聞などのマスコミは別段ビルマ軍事政権を支持しているわけでもないのに、一律にミャンマーと呼んでいることから、大部分の日本人がマスコミの報道を受け売りしてミャンマーと呼ぶようになった珍しい国が日本だ。<br /><br />　私は、選挙結果を無視し、国会の機能を１７年間も停止し続けたまま権力にしがみついているこの軍事政権を許容するわけにはいかないので、ビルマと書き続けている。ジャーナリズムには、表現の自由を守る使命がある。表現の自由を完全に否定している政権が勝手な国名変更をしたことを許すのはジャーナリストの職業倫理と矛盾しているからだ。さらに国際ジャーナリスト連盟（ＩＦＪ、会員数１億５千万人）を始めとするジャーナリスト団体のほとんどが、言論の自由を否定するこの政権に抗議する立場でBurmaの表記を採用しており、国際的なジャーナリズムの連携をはかるうえでも、Myanmarという「踏絵的」な表記は不適切であるからだ。<br /><br />　こうした説明をすると、多くのジャーナリストが賛意を示してくれる。しかし、いったん呼称を切り替えてしまった日本のマスコミにも面子がある。ビルマ学者の投稿などにビルマ（ミャンマー）と記載してお茶を濁している程度が精一杯のようだ。ここで各メディアの記者は勇気を持ってビルマ表記を社内に通用させるようにして欲しい。　<br /><br />　長井さんの死を無駄にしないためにも、せめての抵抗の意味で堂々とビルマと書き直していただきたいのである。言論を弾圧した軍事政権が民意に基づいた手続きをおこなわずに変更した国名を垂れ流すのは、言論の自由を守るジャーナリストという立場に相反するのだということを熟慮していただきたい。<br /><br />さて８９年の流血の弾圧の直後に国家承認をして、ビルマ軍事政権を甘やかし続けてきた日本だが、その後現地に派遣された歴代の大使たちも、民主化勢力に対する弾圧に対して毅然とした態度を採っていないのが目立つのが日本の外交だ。<br />特に９３年から大使を務めた田島高志氏と、９５年から大使を務めた山口洋一氏は、一貫して軍事政権の側を支持し、軍事政権と外務省の蜜月時代を築いてきた。その悪影響は今でも続いている。<br /><br /><br />◆ビルマとの蜜月時代を演出した大使たち<br /><br />山口氏が大使になった頃、私はオスロに本部のあるＮＧＯワールドビュー・ライツの職員としてビルマ民主化支援活動を開始した。<br />さっそくビルマを担当する外務省南東アジア1課を訪問し、今後の活動への協力を要請した。そのとき応対したＭ課長は、私に対して次のように語った。<br /><br />「日本ではミャンマー国民の大多数がスーチーのＮＬＤを支持していると報道されていますが、それは９０年の選挙のときだけの一時的な現象です。今では彼女を支持する人はビルマ全体で５００人程度しかいません。軍事政権がまじめに国を運営しているのにもかかわらず、ＮＬＤは欧米から資金を得て、嘘の情報を流し続けています。決してＮＬＤや亡命政権であるＮＣＧＵＢ（ビルマ連邦国民連合政府）などの情報に振り回されないようにお願いします」<br /><br />　私は開いた口がふさがらなかった。<br />  ５００人という不思議な数字にまず驚いた。当時日本に在留していたビルマ人の数だけでも一万人がいた。大部分はノンポリであるものの、大使館の職員やその家族を除いては、軍事政権の支持を表明する者はいなかった。つまり日本にいるビルマ人の少なくても９割以上はＮＬＤを支持していたのである。９０年選挙のときのパーセンテージは日本に来ても同じだった。Ｍ課長は、日本だけでもＮＬＤを支持する９千人以上のビルマ人がいるのに、ビルマ本国に５００人しか支持者がいないと言ったのだ。<br /><br />　しかし、それが山口洋一氏の受け売りであることがあとからわかった。山口氏があちこちで「スーチーは欧米から資金を得て政府を苦しめる策略をしているが、彼女の支持者は全体で５００人程度しかいない」と話しているのを知ったからだ。<br /><br />　田島氏と山口氏は、ビルマへの最大の援助国として常に国賓待遇で扱われており、彼らの著書の中で軍事政権から数々の便宜供与を受けていたことを自慢している。<br /><br />　ゴルフ接待から始まり、地方視察の際の特別機や特別列車の提供など、自分たちの家族も含めて王侯貴族のような扱いを受けていた。国際公務員がこうした便宜供与を受けることには倫理上おかしいと思うので、国際法の専門家が私宛にご意見を寄せていただければありがたい。<br /><br />　さて山口大使の時代に、ある出来事が持ち上がった。自衛隊や外務省などの日本政府職員７人が、ビルマとタイの国境の難民キャンプを視察し、食糧事情や水道事情を調査したのである。難民キャンプの住民を支援しているビルマ国境コンソーシアム（ＢＢＣ）という国際ＮＧＯからの要請による草の根無償支援の実態調査のためだった。調査団はその結果を本庁に報告し、７００万円の食糧支援を行なうことが決定された。<br /><br />　しかしその決定は実行されず宙に浮いたままだった。情報をキャッチしたフォトジャーナリストの山本宗補氏が外務省に問い合わせたところ、「ビルマ軍事政権からカレン民族同盟（ＫＮＵ）の武器に流用される恐れがあるので、支援しないようにと言われ棚上げになっている」という話だった。<br /><br />　真相はこうだった。バンコクの日本大使館の職員がこの草の根支援の計画を聞きつけて、日頃親しく付き合っているバンコクのビルマ大使館の職員に電話をした結果、ビルマ側が支援をしないように強く要請したのである。<br /><br />　大量の難民を生み出した抑圧側政権に電話をすれば、こうした答えが来るのは当然であり、外交官の責任を大幅に逸脱した背信行為である。この対応に対して市民団体が強い抗議をした結果、宙に浮いていた支援はＢＢＣに届けられた。<br /><br />　そのＢＢＣの本部を訪ねた私は、翌年も草の根資金援助の申請をするのかと尋ねた。責任者はこう答えた。<br /><br />「もうこりごりです。突然日本大使館に呼び出され、授与式で日本の大使とタイ外務大臣に対する感謝の言葉を述べよと言われたのです。私たちはさまざまな国からの支援を受けていますが、官僚に対するお礼を強要されたのは初めてです。私たちの活動が外交上の取引に利用されていることを知って、正直がっかりです」<br /><br />　さて山口元ビルマ大使は、長井さんが殺害された事件の直後から不思議な行動を開始している。雑誌、テレビ、あげくの果てには外国人記者クラブにも登場して、ビルマ軍事政権擁護の発言をし続けているのである。<br /><br />　その論理があまりにも変わっているのでマスコミは飛びついた。「軍事政権が一般市民、ましてや外国人ジャーナリストに発砲することはありえない」「スーチーは市民に金を渡してデモに参加させた」「スーチーは９６年に自動車での移動中市民から、外国人女は出て行けと言われた。こわくなったので警察に泣きついてその後、軟禁という形で保護してもらっている」「スーチーは英国に操られ、ビルマを混乱に陥れようと策動している」などの独特の論理をまくし立てたのだ。<br /><br /><br />続く　　　　　　　　　　　　　　　　　（ｃ）菅原　秀　2008<a name="more"></a>
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<title>コッチェビの涙（４）ケソンの労働者たち&lt;br /&gt;</title>
<description>韓国の大統領が代わると同時に北朝鮮は、南北の共同開発の象徴である城」（ケソン）産業コンプレックスの韓国企業に圧力をかけた。この工業団地は韓国統一省が窓口になって、現代俄山社を仲介企業とし、北朝鮮と連絡を取りながら運営している経済特区である。全体の一割程度が完成されているが李明博大統領が当選して以来の動きが不透明になっている。さて、どんな場所なのか。統一省によればまだ日本の政治家は訪れておらず、ビジネス関係者と少数の記者が見学したに過ぎない。昨年３月、韓国記者協会による外国人記...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2008-05-02T23:19:36+09:00</dc:date>
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韓国の大統領が代わると同時に北朝鮮は、南北の共同開発の象徴である城」（ケソン）産業コンプレックスの韓国企業に圧力をかけた。この工業団地は韓国統一省が窓口になって、現代俄山社を仲介企業とし、北朝鮮と連絡を取りながら運営している経済特区である。全体の一割程度が完成されているが李明博大統領が当選して以来の動きが不透明になっている。さて、どんな場所なのか。統一省によればまだ日本の政治家は訪れておらず、ビジネス関係者と少数の記者が見学したに過ぎない。昨年３月、韓国記者協会による外国人記者団の北朝鮮訪問の旅の一環として、日本にはほとんど知られていないこの「開城」（ケソン）産業コンプレックスを訪れることができた。その時の見聞の一部をお伝えする。<br /><br /><br />▼１０年計画の巨大プロジェクト<br /><br />韓国統一省の将来を見すえた事業のひとつが、現代俄山社（ヒュンダイアサン）が中心になって、ソウルの北方８０キロにある北朝鮮領内の開城（ケソン）市に産業コンプレックスを整備する巨大事業だ。<br /><br />開城市は板門店から軍事国境線を北上し、３８度線の手前に位置する高麗王朝の古都である。朝鮮戦争で米軍が死守しようとしたが、結局、北側に属することになってしまった都市である。現在の人口は約３５万人。北から南下してきた避難民が足止めを食い、最大数の離散家族を生んだ都市で、市民の７割が離散家族だという。<br /><br />その開城市の東部の原野を開拓し、１０年計画で従業員４０万人を越える産業コンプレックスを作ろうというのが「太陽政策」の柱だ。東海岸の北朝鮮領金剛山と違って、こちらの方は一般の人が訪問するのは難しい。すでにパイロット・プロジェクトは完成しており、現在、北朝鮮労働者１２０００人、中国籍朝鮮人労働者１２０００人が勤務し、アパレル製品や手工芸品を生産している。<br /><br />北朝鮮領内なのに、給料はどうなっているのか、それで食べてゆくことができるのか、政府や企業はどれだけ搾取するのかなど、記者団にとって興味津々なことばかりだった。<br /><br />私たちが訪ねたのは、その広大な造成地区のごく一部、敷地全体の１％程度のところに建てられた２０社ほどの工場群である。広大なコンプレックスの敷地は、造成中であり、あちこちに巨大な重機が入っている。これらの土木作業をしているのは韓国人男性労働者。連日７００人ほどが泊り込んで、土ぼこりの中での作業を継続している。<br /><br />最初に案内されたのが、８００人の労働者が働いているというアパレル企業である。現代俄山社の担当者から「従業員には決して声をかけないように。もし声を掛けた場合は、見学を中止します」というきついお達しを受けた。<br /><br />といっても、朝鮮語ができる人はほとんどいないので、声のかけようがないのであるが。私たちは１０００平方メートルほどある生産ライン現場に案内された。２０代から４０代の女性２００人ほどが、一台ずつのミシンに向かって縫製作業をしている。別な部署では、巨大な裁断作業台や、アイロン台の前で、黙々と女性たちが働いている。<br /><br />工場内は極めて清潔で、労働者も清潔なユニフォームを着ている。そこに、１４０名の外国人の記者団が、どどっと押しかけたのであるから、彼女たちにも緊張感が走っているのがわかる。全員が「外国からのお客様が来るからしっかり作業するように」といわれたのだろうか、一切の私語もせずに、真面目に作業をし続けている。私たちと目を合わせようともしない。<br /><br />そこを私たち全員が、バシバシと写真を撮る。私たちは朝鮮語が出来ないので、無言のまま写真を撮る。異常な光景である。<br /><br />さらに私たちは、２階、３階と案内され、別な生産ラインや、北側従業員がパソコンで会計管理をしている部屋、従業員休憩室などを見学した。<br /><br />私は、トイレに行くふりをして、最初に見学した大きなミシン工場に降りていった。やはり、思ったとおりだ。外国人見学者がいなくなったあとの彼女たちは、お互いに冗談を飛ばしあいながら、私たちが見学していたときとは打って変わって、リラックスして作業をしていた。彼女たちはロボットではない、同じ人間なのだ。<br /><br />興味深かったのは従業員休憩室である。小さな休憩室はあちこちにあるのだが、コンプレックス内のどの会社の従業員も利用できる独立した休憩室（ヒュゲシル）という建物に案内された。すると中は、礼拝堂になっているのである。真ん中に祭壇があって十字架がはめ込まれている。<br /><br />北朝鮮の共産主義のもとでも、人々のよりどころがキリスト教になっていたことを知って、考えさせられた。共産主義は人の心を支配することは出来ないのだ。<br /><br />しかし、ここは北朝鮮。従業員の賃金は「開城経済コンプレックス労働法」に基づいて支払われている。現代俄山社の担当者が、従業員の給料は残業を入れて月あたり６０ドル弱。給料の一部は各社が預かって現物に変えて支給している。との説明をした。<br /><br />▼経済支援か、北の労働者の新手の搾取か？<br /><br />しかし記者団は納得出来ない。「国際基準から考えても極端に安い給料ではないか。現代俄山は北の人々に就労の機会を与えているのではなく、北朝鮮が賃金を安いことにつけこんで、搾取をしているのではないか」などの質問が次々に発せられた。<br /><br />担当者は、「私たちとしてももっと支払いたいのですが、北側政府が決定した賃金であり、当然北全体のバランスを考慮しなくてはなりません。しかしここの工場で働いている人々は、皆、喜んでいます」喜んでいるといわれても、従業員に話し掛けていけないのだから、どんな風に喜んでいるのか、われわれは把握しようがない。<br /><br />各工場の裏手の自転車置き場には、従業員たちの自転車が並んでいる。どの自転車にもナンバープレートがついている。ここ北朝鮮では、自転車は登録制度なのである。<br /><br />その自転車で、開城市の自宅からここまで、約３０分の道のりを通ってくるのである。<br /><br />平壌政府の思惑と、韓国統一省の思惑、さらに開発を任せられている現代俄山社の思惑が合致したところで、建設されているのがこの開城経済コンプレックスなのであろうが、ここは新聞でよく報道される幻の経済特区ではなく、まさに北と南が真剣勝負に出ている経済特区であるということだけは、この目ではっきりと確認できた。<br /><br />開城経済コンプレックスを見学せずに、北朝鮮の問題について語ってはいけないということを、心の底から実感できる場所でもある。<br /><br />北と南は、ソウルからここ開城と平壌を経由して、さらにモスクワ、パリ、ロンドンに至る鉄道を開通させる計画を持っている。ソウルと平壌の鉄道はすでに開通しているので、政治的問題が解決すればいつでも運行可能なのである。<br /><br />太陽政策というのは、単なるイデオロギーではない。統一が実現した場合に、南側はかなりの経済負担に耐えなければならない。それに耐えられるようなソフトランディングを目指すための産業開発が、開城経済コンプレックスという具体的な事業として進行しているのである。<br /><br />こう見てくると、南も北も、将来必ず統一するという合意に向かって、さまざまな手立てを整えていることがわかる。韓国人が求めるのは突然の性急な統一ではない。あらゆる立場の韓国人が口をそろえて「統一には時間が必要だ」と語るのは、そうした意味である。<br /><br />最近になって北朝鮮がこの経済コンプレックスへの韓国人の出入りを制限するなどの揺さぶりをかけているが、開発の巨大さを目の当たりにすれば、北朝鮮特有の「ゴネ徳」路線で、新政権からのお土産を期待していると考えればほぼ正解であろう。北にとっては決して手放せないのがこの開城経済コンプレックスなのである。<br /><br />李明博政権によって北と統一が遠のくと考える人もいるようだが、韓国の人々でそう考える人はほとんどいないであろう。韓国全体が「統一」に向けた作業をこれからも継続することは、こうして現地を確認することで得心できる。つまり机上のプランではなく、すでに膨大な金額を投資した基盤作りが開始されているのである。体制の違う分断国家の統一には、長い時間をかけた基盤作りが必要だということを、彼らは良く理解している。<br /><br />拉致問題の解決の道筋を見つけるためには、まず、こうした南北の融和の動きの中から交流のカードを探し出す必要がある。日本の政府関係者に心して欲しいのは、「カードなしでは拉致問題は解決しない」ということを肝に命ずることである。<br /><br />さて開城経済コンプレックスを最初に訪問する日本の国会議員は、誰だろうか？<br /><br />了　　　　　　　　　　　　　　　　　（ｃ）菅原　秀　2008<br /><a name="more"></a>
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<title>ノーベル平和賞を受賞するにはどうすればいいか</title>
<description>最近下火になったが、「日本国憲法にノーベル賞を！」というキャンペーンが行なわれてきた。日本国憲法には、官僚がＮＰＯをいじめるときによく使う憲法８９条をはじめ、おかしな条文や時代遅れな条文がたくさんあるが、戦争を絶対にしないという憲法９条だけは、ぜひとも後世に残すべき人類の知恵である。「日本国憲法にノーベル賞を！」と言っている団体の人々に聞いてみたところ、オスロのノーベル委員会に皆で手紙を書いているという。下手な鉄砲数打ちゃ当たるのかな？と思ったものの、とても気になる。そこでオ...</description>
<dc:subject>ノーベル平和賞のしくみ</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-11-16T22:52:49+09:00</dc:date>
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最近下火になったが、「日本国憲法にノーベル賞を！」というキャンペーンが行なわれてきた。<br /><br />日本国憲法には、官僚がＮＰＯをいじめるときによく使う憲法８９条をはじめ、おかしな条文や時代遅れな条文がたくさんあるが、戦争を絶対にしないという憲法９条だけは、ぜひとも後世に残すべき人類の知恵である。<br /><br />「日本国憲法にノーベル賞を！」と言っている団体の人々に聞いてみたところ、オスロのノーベル委員会に皆で手紙を書いているという。下手な鉄砲数打ちゃ当たるのかな？と思ったものの、とても気になる。そこでオスロを訪問した折にノーベル財団を訪ねてみた。<br /><br />▼平和賞の本部はストックホルムではなく、オスロだ<br />　<br />ノーベル財団の本拠地はストックホルムにあるが、オスロのノーベル財団はノーベル平和賞だけを扱うために、ノルウェー国会の管理のもとに運営されている。オスロの中心街からタクシーで１０分ほど行った郊外にある古い建物でいかにも北欧の研究所という感じだ。一階の吹き抜け天井がとても高いのが印象的だった。<br /><br />さっそく応対してくれた女性の担当者にたずねて見た。<br /><br />「日本国憲法に平和賞をという動きがあることをご存知ですか」<br />「ええ、知っています。よく手紙が届きます」<br />「その手紙をどうしているのですか」<br />「返事は書きません。というか所定の推薦者以外の人からの手紙への返事は<br />書けないことになっています。推薦の要件を満たしていないからです」<br />「推薦の要件というのは、どうなっているのですか」<br />「推薦の資格を持った人による推薦書でなければだめです」<br />「では、推薦の資格を持った人が日本国憲法を候補として推薦すればいいわけですね」<br /><br />「いいえ、推薦を受ける人は人物か団体でなければなりません。日本国憲法を推薦するというのは面白いアイデアですが、それを作った人とか、守っている組織とかでなければ受賞の対象になりません」<br /><br />そう説明した彼女は、ノーベル賞の推薦システムの解説書を私に渡しながら、付け足した。<br /><br />「この件では、たくさん手紙が届いているのですが、アン・プロダクティブであるということを日本の皆さんに伝えていただけませんか。推薦は資格を持った人が１通だけ、英文によるできるだけ詳細な推薦理由を書いて送ってくださればいいのです」<br /><br />▼ノーベル委員会が受賞者を選考、推薦の多数とは無関係<br /><br />ノルウェー国会は、５人の平和賞委員を任命し、極秘の審査ののちに授賞者を決定する。各国からデータを集めるのは、ノルウェーのノーベル財団であり、財団によって分析された後、５人の委員に届けられる。この５人へのロビー活動などは決して認められず、ノルウェー国会もその決定作業に関与することはできない。 <br /><br />ときどき「○年のノーベル賞にノミネートされた○○博士」などという文章を見かけるが、ノミネートの発表などは、一切なされないそうである。そうした文書を見たら詐欺師だと思ったたほうが良いだろう。<br /><br />しかし最終選考に残った人物だけは発表されるので、「最終選考に残った○○」という表記なら、詐欺行為に当たらないであろう。<br /><br />平和賞候補を推薦する資格があるのは、「今までの平和賞受賞者」「列国議会同盟メンバー」「国際法学会メンバー」「元ノーベル委員」などである。 <br /><br />この中で、列国議会(ＩＰＵ)というのは耳慣れない団体であるが、この団体は全世界の国会議員が加盟する団体であり、日本の衆参両院の国会議員も自動的に加盟することになっている。従ってノーベル賞を与えたいなと思う人がいたら、国会議員に頼むのが一番近道だろう。 <br /><br />日本の国会議員も、時には推薦状を書く活動をしている。かつては日本の議員が中心になって佐藤栄作を強く推し、ノーベル平和賞受賞を実現した経緯がある。その後も、日本の国会議員は、中国の人権活動家や、日本のＮＧＯ活動家を強く推したことがあるが、最近の日本からの推薦活動は、下火のようである。<br /><br />また、新聞で報じられている通り、佐藤栄作への授賞については、ノルウェー側もノーベル平和賞の趣旨にかなわないものではなかったかと考えているふしがある。ノーベル財団が学者に頼んで書いた歴代受賞者を詳述した書物の中でそのことに触れられている。残念ながら日本語訳は今のところないようだ。 <br /><br />佐藤栄作の受賞理由は、非核三原則を導入して、日本を核を持たない国にする努力をしたというものである。日本の核武装を恐れる国際社会に対して、強い安心感を与えることになった。しかし、ノーベル平和賞には、「受賞の是非を問う論争の的にならない人物」を選考するという基準がある。 <br /><br />佐藤栄作の場合は、日本国内での是非を問う論争が持ち上がり、特に野党支持者の人々がノーベル平和賞の権威を認めないようになってしまったという経緯がある。こうした結果が生じるような選考は、ノーベル賞が持つ信頼醸成を損なうことになる。ノーベル委員会はより慎重にならざるを得ないことになったのである。 <br /><br />その意味では０７年のゴア氏の受賞も、アメリカ国内での環境グループからの批判が強いことから、将来、問題が起きる可能性があるといえよう。もちろん、委員会は米国内で騒動が起きるなどとは予測せずに、純粋に地球温暖化阻止のシンボルとして選考したのであろう。いささか調査不足であったと言えよう。<br /><br />ノーベル財団の事務局長の話では、平和賞候補は毎年百人以上いるそうである。また過去には７５万通の推薦の手紙が届いた候補もいると言う。その候補は、受賞することが出来なかったとのことだ。つまり組織票は役に立たないということを証明している。<br /><br />従って、推薦の手紙の数は、財団への心理的圧力にはなるかも知れないが、選考への影響は極めて少ない。ではどうやって選考するかといえば、ノーベル財団の職員が推薦状に書かれている内容をもとに、候補者の経歴や業績を調べ上げ、事務局長がその膨大な資料を編集して、５人の委員に提出する。委員たちは８カ月にわたって、これらの資料を読み、不明点があれば何度もノーベル財団に質問し、追加調査を依頼する。 <br /><br />推薦状の締め切りは毎年１月の末頃である。（私の記憶が間違っているかも知れないので詳しくは直接ノーベル財団へ　電話+47 22 12 93 00 ）<br /><br />あなたもぜひ、これはと思う人の詳細な推薦状を作成して、知り合いの国会議員に頼み込んで、ノーベル財団に送ってみてはいかがだろう。そろそろ日本からノーベル平和賞受賞者を出してみたいものだ。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br /><br /> <br /><a name="more"></a>
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<title>コッチェビの涙（３）「金剛山」の楽団員たち&lt;br /&gt;</title>
<description>金剛山（クンガムサン）の観光センターには大きな劇場が設置されている。観光客に北朝鮮の踊りや劇を見てもらおうという趣向だろうが、入山料にセットされているようだ。しかし、この劇場で行なわれた平壌芸術団という出し物に、ひとつの歴史と和解へのキーが隠されていた。南北の憎悪の結果生まれた一つの物語。さて、どんな物語か。▼金剛山のすごいオーケストラ金剛山に入るには日本円で約５万円近くの入場料を納めなければならない。この入場料に、バスツアーとホテル宿泊、それに加えて温井閣（オンジョンガク）...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-08-26T21:54:25+09:00</dc:date>
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金剛山（クンガムサン）の観光センターには大きな劇場が設置されている。観光客に北朝鮮の踊りや劇を見てもらおうという趣向だろうが、入山料にセットされているようだ。しかし、この劇場で行なわれた平壌芸術団という出し物に、ひとつの歴史と和解へのキーが隠されていた。南北の憎悪の結果生まれた一つの物語。さて、どんな物語か。<br /><br /><br />▼金剛山のすごいオーケストラ<br /><br />金剛山に入るには日本円で約５万円近くの入場料を納めなければならない。この入場料に、バスツアーとホテル宿泊、それに加えて温井閣（オンジョンガク）観光センターでのサーカス見学などが組み込まれているらしい。<br /><br />北側ガイドが「さあ皆さん、これから平壌芸術団を観劇します。世界最高の技術を誇るセーフネットなしの危険なパフォーマンスが４時から始まります。会場に急いでください」とせかす。<br /><br />１０００人ほど入る大劇場に入ると朝鮮語と英語でしつこいほどの注意が開始された。<br />「上演中は決して写真を撮らないで下さい。団員たちは命綱もセーフネットもない状態で危険な技術をお見せします。写真を撮ることで彼らを危険にさらさないよう、お願いします」<br /><br />やがて暗転。オーケストラの伴奏で、さまざまな空中サーカスが繰り広げられる。記者たちはフラッシュをオフにして、しきりに写真を撮り始めた。すかさずシャッター音を聞いた係官が飛んできて、制止する。また別の記者が写す。係官は必ずそれを見つけて制止に走る。<br /><br />私たち記者団は大劇場の一番奥の方の座席に案内された。従ってわれわれのシャッター音は舞台に聞こえるはずがない。しかし係官たちは飽きることなくわれわれを制止し続ける。この国には公務員が何人でもいるらしい、記者の挙動をじっと観察しながら、こっそりカメラを構えるのを見つけ出すと、パッと飛んでゆく。<br /><br />ハラハラさせるような曲芸は確かにすごいのだが、こうしたレベルのパフォーマーはどこの国にでもいる。しかし、先ほどから気になったのは、上手２階のオーケストラピットで演奏している２０人ほどの楽団である。これが実に上手いのである。<br /><br />かなり複雑なメドレーなのにもかかわらず、まったく乱れることなく緩急自在、日本に良く来日するボリショイバレーの楽団よりもずっと上手である。しかも急テンポのパソドブレや、裏ビートを強調したジャズ風のアレンジなども楽々とこなしている。音のダイナミズの表現は、ベルリンフィルにもひけを取らないほど完璧。３度と６度のハーモニーの幅を平均率より狭めているのも、アマチュアには決して真似の出来ない超一流のオーケストラの特徴だ。<br /><br />出し物が代わるたびに、録音してある音楽と生演奏が入れ替わるが、その切れ目がまったくわからない。オーケストラ員が一人ずつフェードインやフェードアウトをして、観客に気づかれずに切り替えているのである。<br /><br />圧巻は、ピエロのパフォーマンスの動きにぴったり合わせて音を完全に同調させる技術だった。ピエロが玉を受け取る微妙なタイミングでオーストラリアがユニゾン（全員同じ音を出すこと）で衝撃音を出す。<br /><br />私は感心しなが、隣にいたテレビ記者に耳打ちした。<br />「彼らは音をシンクロさせるのにどんな技術を使っているんだろう。デジタル機器を持っているんだろうか。どこでコントロールしてるんだろう」<br />「いや古いオープンリール・デッキでシンクロ信号を流して、それを指揮者がヘッドホンで拾っているんだろう」<br /><br />とにかく、私が知っている３０年前のオープンリール録音機を利用した手段では、ここまでの同期演奏は不可能だ。<br /><br />さてその秘密は夕方になってわかった。<br /><br /><br />▼ＫＣＩＡの拉致が産んだユニサン・オーケストラ<br /><br /><br />現代峨山（ヒュンダイアサン）社が、記者団一同の歓迎パーティーを開いてくれた。幸いなことに私の席は現代峨山の副社長の隣だった。さっそくオーケストラのことを聞いてみた。<br /><br />「曲芸よりもオーケストラの方が気になりました。北朝鮮にこんなにレベルの高い楽団があるなんて信じられません。彼らは南から来て出演しているんですか」<br />副社長はにっこり笑いながら言った。<br />「韓国にはこれだけのレベルの楽団はありません。この楽団は国際的に有名な平壌のユニソン・オーケストラです」<br />「え、ユニゾン・オーケストラ？」<br />「いえ違います。創始者の名前ユニサンを記念してこう呼ばれています。ユニサンの名前はご存知ですよね」<br /><br />朝鮮語のリエゾン（繋ぎ音）に暗い私だったが、日本ではユン・イサン（尹伊桑）と呼ばれている著名な作曲家の名前を思い出した。<br /><br />「昔ベルリンからソウルに拉致された作曲家の尹伊桑のことですか？」<br />「そうです。そのユニサンが金正日に資金を出してもらって育てたのが、今日あなたがたが聴いた楽団なのですよ。いや、気づいてもらって嬉しい。音楽の同期（シンクロ）の技術も、すべてデジタル技術に頼らずに行っているのですから、曲芸団員以上の繊細さを持っているのが彼らなのです。現代峨山では彼らを世界のヒノキ舞台に出したくて、その機会を作るために、できるだけ外国人にその音楽を聞いてもらう工夫をしているのです。」<br /><br />３０年ほど前のことだ、作曲家の林光や高橋悠治が中心になって尹伊桑の講演会を東京で行なったことがある。金大中が拉致される前の話である。その講演会で尹伊桑が暴いたＫＣＩＡのやり口と拷問は実に卑劣なものだった。<br /><br />しかし当時の日本でも、そして韓国でも尹伊桑を広く支えようという運動は拡がらなかった。尹伊桑の数々の作品は、日本でもかなり評価されており、クラシックファンからすれば、神様のような存在である。にもかかわらず、彼が止むに止まれず訴えた韓国の抑圧政権に対する批判を、日本で大きく広げることはかなわなかったのである。<br /><br />軍事抑圧政策が続く韓国に戻れなかった尹伊桑は、代わりに平壌を訪れ、同じ同胞にベルリンで学んだすべてを伝えた。その後、尹伊桑はベルリンに戻り、１９９５年に客死している。何の罪もないのにＫＣＩＡに拉致され、故郷を追われた彼に同情する声は韓国でも強く、政府に対して公式に名誉回復を宣言するよう、せまる声も強いそうである。<br /><br />平壌で尹伊桑から直接音楽のすべてを、そのオーケストラの団員が未だに保持し、さらにその技術に磨きをかけていたのである。<br /><br />副社長は語る。<br />「彼らの楽器はもうぼろぼろです。バイオリンの一級品などはとても高くて入手できません。もし海外のオーケストラと交流できたら、そして新しい楽器が手に入ったらどんなに素晴らしいことか。ぜひこのことを日本の皆さんに伝えてください」<br /><br />（つづく）　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />　<br /><a name="more"></a>
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<title>コッチェビの涙（２）人工の自由空間「金剛山」</title>
<description>南北統一を進めるための拠点として開発された金剛山（クンガムサン）はどんな場所なのだろうか。確かに風光明媚な場所である。しかし、自然の中に作られた一連の施設は、まさに人工の自由を無理無理生み出しているのではないかという印象だった。この地を訪れた日本人は合計で数百人しかいないそうである。そのため、よく政治話題に出てくるこの場所が、どんなところであるか、ほとんど知られていないのである。今回は、この不思議な場所を紹介しよう。▼非武装地帯の北側は賽の河原だバスはいよいよＤＭＺ（非武装地...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-07-15T02:03:14+09:00</dc:date>
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南北統一を進めるための拠点として開発された金剛山（クンガムサン）はどんな場所なのだろうか。確かに風光明媚な場所である。しかし、自然の中に作られた一連の施設は、まさに人工の自由を無理無理生み出しているのではないかという印象だった。この地を訪れた日本人は合計で数百人しかいないそうである。そのため、よく政治話題に出てくるこの場所が、どんなところであるか、ほとんど知られていないのである。今回は、この不思議な場所を紹介しよう。<br /><br />▼非武装地帯の北側は賽の河原だ<br /><br />バスはいよいよＤＭＺ（非武装地帯）を越えて、北朝鮮領に入る。車窓からの撮影は一切禁止されている。しかし、朝鮮戦争以降人が踏み込んでいない南側２キロ、北側２キロのＤＭＺをしっかりとその目に刻み込まなければならない。記者たちはノートを取り出し、その風景を描写し続けた。<br /><br />３８度線のＤＭＺ（非武装地帯）は、ずっと人が入っていないので、小動物たちの天国なそうだ。車窓から小動物は見えないが、南側ＤＭＺには潅木に覆われた自然が広がっている><br /><br />迷彩服の韓国兵がひとりで守っている南側ＤＭＺの歩哨詰所を越えると、いよいよ北朝鮮だ。一行の緊張は高まり、全員が窓から北側ＤＭＺの光景を食い入るように眺める。<br /><br />私たちの目に映ったのは、驚くべき極端な情景の変化だ。南側が潅木の茂る平原だったのに対して、北側は道の両側に数十メートルの高さの岩山が迫り、草木が極端に少ない賽の河原のような景色が急激に広がる。<br /><br />ＣＩＱ（入国・検疫事務所）は、２００３年に金剛山入りの陸路が合意されてから設置されたわけだが、１００人を越す外国人が始めて陸路を通過するということで、かなり緊張していた。<br /><br />しかし、さすが観光のために開発されたルート。ＣＩＱのスピーカーが８ビートに乗った「パンガップスムニダ（ようこそいらっしゃい）」の軽快な歌を流し続けている。そのロック歌が流れる中、直立不動で歩哨に立つ兵士たちが、無表情のまま、勝手に動き回る私たちを遠くから監視している。<br /><br /><br />▼自然の中にぽっかり生れた異空間<br /><br />やがてバスは、金剛山地域に分け入り、温井閣（オンジョンガク）という観光センターに到着する。ここには温泉、劇場、ホテル、カラオケ、体育施設など、観光客が金剛山のトレッキングを終えた後にくつろぐための施設が設置されている。離散家族の面会所も急ピッチで建設されている。夏までには竣工するという。金剛山という政治的な異空間は、まさに離散家族が出会う場所として準備されたかのようだ。<br /><br />いったん金剛山の観光施設に到着すれば、緊張感はまったくない。唯一感じるのは、観光施設の合間から遠めに観察できる一般住民の村々にカメラを向けたりすると、すかさず私服の北側監視員が飛んできて、静止するときぐらいのものである。<br /><br />一連の施設が集中している温井閣(オンジョンガク)という地域には、スパや大劇場があるが、同時に離散家族のための滞在施設も建設されていた。<br /><br />現代俄山の張桓彬(チャンファンビン)国際担当副社長が、この金剛山についてブリーフィングを行なった。<br /><br />「２０００年から開始された金剛山地ツアーは０５年に年間２７万人に達したのですが、０６年の核騒ぎによって２０万人に落ち込みました。しかし、今年は六カ国協議の好結果を受けて順調に回復しており、４０万人を見込んでいます」<br /><br /><br />▼北の従業員の給料は月６０ドル以下<br /><br />温井閣(オンジョンガク)の施設には１５００人の従業員が働いているが、うち８００人が北の住民で月に５７・５ドルの給料。残り７００人は中国籍朝鮮人で、月３００ドルの給料とのことだ。<br /><br />北の従業員への賃金に関して記者たちと現代俄山の社員との間で、かなりのやり取りがあったが、いまだに腑に落ちない。<br /><br />「共産国家ですから住居、食事代はかかりません。また給与基準は平壌が決めます。私たちは毎年、賃金を上げるように交渉しているのですが、なかなかウンといいません」。果たしてそうだろうか。それにしては中国から出稼ぎに来た朝鮮人への給与も安すぎるのではないか。<br /><br />北の従業員は胸に金正日バッジをつけているので、すぐにわかる。カメラを向けると逃げていってしまうので、なかなか撮れない。施設の向こうに遠目に見える村々の入り口を撮ろうとするとどこからか監視人が飛んできて、静止する。<br /><br />しかし１３８人もの一癖も二癖もあるジャーナリストの集団だ。表面上は北朝鮮側の言うことを聞くふりをするが、監視人の目の届かないところで、カバンの中に隠して持ちこんだ小型望遠レンズをマウントしたカメラで遠くの村人の情景をこっそり撮影している者もいる。<br /><br />遠目から見る近隣の村々は、実に質素だ。みな土壁の平屋に住んでおり、黒か褐色の作業衣を着て、とぼとぼと歩いている。自転車の数はきわめて少ないようだが、たまに通りかかると大量の荷物を運んでいる。大きな竹カゴを左右にぶら下げていたり、穀物らしきものが入っている布袋を積んでいたりする。ぼろぼろのピックアップトラックを見かけたが、乗用車やバンのようなものは村人とは無縁なようだ。<br /><br />一行は、金剛山ホテルに宿泊することになった。１０階建てのこざっぱりしたビジネスホテルという感じだ。床はオンドルになっており、トイレとシャワーがついている。早速トイレを使ったが水が出て来ない。フロントに「トイレの水が出ない」と言ったが英語も日本語も通じない。<br /><br />韓国人記者が、どの部屋も水が出ないといったところ、ホテル中の従業員が上を下への大騒ぎで、メンテナンス要員を呼びに行った。<br /><br />ロビーにたくさん花が飾られていたが、それらの花に近づいた日本人女性記者が「全部造花だわ」と目を丸くしている。「人工の自由空間に人工の花を飾っているわけね」彼女は、するどく、この金剛山の本質を指摘した。<br /><br />（つづく）　　　　　　　　　　　　　　　（ｃ）2007　菅原　秀　<br /><br /><br /><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=1660U7+A4YQLU+1C1G+5YZ75" target="_blank"><br /><img border="0" width="234" height="60" alt="" src="http://www24.a8.net/svt/bgt?aid=070824895613&wid=001&eno=01&mid=s00000006226001003000&mc=1"></a><br /><img border="0" width="1" height="1" src="http://www19.a8.net/0.gif?a8mat=1660U7+A4YQLU+1C1G+5YZ75" alt=""><br /><br /> <br /><a name="more"></a>
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<title>コッチェビの涙（１） 北朝鮮の子供たちに愛を&lt;br /&gt;</title>
<description>▼切り札を持たない日本政府拉致問題が広く知られるようになって以来、北朝鮮に対する私たちの印象はどんどん悪くなってきた。決死の覚悟で豆満江を渡る脱北者たち。飢えに苦しむ子供たち。寒空で餓死し道端に倒れている若者たち。北朝鮮から密かに持ち出される映像に、私たちは思わず固唾を飲む。「こんなとんでもない軍事政権が倒れない限り、北朝鮮の人々は救われない」と誰しもが思う。しかし、どうすればいいのか？ 私たちは、日本政府になんとかして欲しいと考える。しかしその政府も、６カ国会議の合意に対し...</description>
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<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-07-08T14:06:40+09:00</dc:date>
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▼切り札を持たない日本政府<br /><br />拉致問題が広く知られるようになって以来、北朝鮮に対する私たちの印象はどんどん悪くなってきた。決死の覚悟で豆満江を渡る脱北者たち。飢えに苦しむ子供たち。寒空で餓死し道端に倒れている若者たち。北朝鮮から密かに持ち出される映像に、私たちは思わず固唾を飲む。「こんなとんでもない軍事政権が倒れない限り、北朝鮮の人々は救われない」と誰しもが思う。<br /><br />しかし、どうすればいいのか？　<br /><br />私たちは、日本政府になんとかして欲しいと考える。しかしその政府も、６カ国会議の合意に対して「拉致問題の進展が得られるまで、エネルギー協力には不参加」と表明している。<br /><br />拉致問題が解決済みだ」と主張している北朝鮮に対して、日本はそれを進展させることができる切り札を持っているのか？　膠着した状態の中で、家族はあと何年待てばいいのか。解決のためには、北側の心をしっかり捕らえる心理戦が必要だが、政府に何らかの準備があるのだろうか。<br /><br />この間６カ国協議では、この問題で頑なだった中国とロシアが動いた。また韓国には今までの対北朝鮮宥和策に加えて、徐々に人権問題を取り上げる動きも見え始める。南北統一という課題を達成の悲願を持つ当事者だからこそ、真剣そのものである。<br /><br />まず、北朝鮮問題を考えるためには、南の人々。つまり韓国人が何を考え、どんな動きをしているかを知ることから開始しなければならない。北朝鮮を動かす力が最も強いのが、同じ言葉を使っている南の人々であるという事実をよく考えずに、北朝鮮を論じる学者や評論家がたくさんいる。<br /><br />私たちは、当事者の実情や感情を考慮することのないそうした偏狭な論陣に耳を貸す必要はない。大事なのは、北朝鮮問題に韓国がどう対応しているか、さらに世界各国がどう対応しているかを知ることだ。少なくとも、韓国の政治と世論の動きを踏まえずに、この問題で駒を進めるのは、危険極まりないことを理解すべきである。<br /><br /><br />▼０７年３月、大勢の西側ジャーナリストが３８度線を越えた<br /><br />今年の３月、世界６５カ国から集まった１３８人のジャーナリストが、４台の大型バスを連ねて、韓国と北朝鮮を分断する３８度線を越えた。目的地は朝鮮半島の東海岸、３８度線を越えてすぐ北側にある金剛山（クムガムサン）だ。<br /><br />２千の峰々を持つというこの金剛山は、金剛経を出典として名づけられ、四つの名刹（めいさつ）を持つ仏教修行地でもあった。在日も含む韓国・朝鮮人にとっては「一生に一度は行ってみたい」という憧れの景勝地で、古来、多くの詩人がその景勝の素晴らしさを詠い、数多くの水墨画が描かれてきた。<br /><br />５００頭の牛を連れて板門店を越えて平壌を訪れた現代（ヒュンデ）グループの鄭周永（チョンジュヨン）会長が、金正日と合意して金剛山の観光特区開発に着手したのが１９９８年。彼はここから４０キロ南の通川（トンチョン）という村の生まれで、この地にはとりわけこだわりを持っていた。８０歳を越える高齢だった鄭会長は、五男のチョンモンホン鄭夢憲氏に北朝鮮での開発事業を委任し、現代俄山（ヒュンデアサン）という会社を設立した。<br /><br />手始めに海路で３８度線を迂回するルートの合意を取り付けた。ベトナムのサイゴン川で稼動していた豪華クルーザーを買い取り、「海金剛」（ヘクムガン）と名づけた。南の観光客を運び、金剛山入り口の港に停泊させてホテルも兼ねるというものである。<br /><br />最初は、細々と開始されたらしいが、２０００年の金大中の電撃的平壌訪問をきっかけに、観光客を迎え入れるインフラの整備が進んだ。さらに離散家族の面会や、南北会談の場所としても機能するようになっていった。<br /><br />その後、北朝鮮との話し合いで、陸路でのルートも可能になった。近隣諸国の政治的な動きや、北朝鮮のミサイル発射騒ぎの都度、訪問客が極端に減るという状態での運営だったが、ホテル、レストラン、スポーツ体育館、劇場、会議場、スパなども建設されてきた。<br /><br />鄭周永会長にとって、金剛山へ人々が自由に出入りできるようになることは悲願だった。グループの中に会社を作り、息子のひとりに任せたのは、その悲願を実現すためだった。<br /><br />南からの観光客が年間２０万人から３０万人訪れるという金剛山だが、北側の許可を待って始めて訪れることが出来るという事情のために、ここを訪れる日本人は年間１００人程度ということで、その実情は日本にはほとんど知られていない。<br /><br />そこに１３８人もの外国人記者団が訪れたわけである。<br /><br />世界各国からのジャーナリストに実際に北朝鮮の一部を見てもらうこのアイデアを実行したのは韓国記者協会（会長・鄭日鎔、チョンイルヨン）。韓国のマスコミの縦断組織として最も大きい職能団体で７０００人が参加している。世界各国のジャーナリストを招くために、国際ジャーナリスト連盟（ＩＦＪ、本部ブリュッセル、会長・クリストファー・ウォーレン）の協力を得ることとした。<br /><br />会員数５０万人の世界最大の記者団体であるＩＦＪの呼びかけに答え、４０カ国以上の国々から選りすぐりのジャーナリストたちがソウルに集まったのである。<br /><br />▼銀塩カメラを持ち込めない北朝鮮<br /><br />私たちが乗る４台の大型バスは、ソウルからまっすぐ日本海に向かい、海岸沿いを北上する。余談だが、韓国ではこの呼称を嫌い、東海と呼んでいる。<br /><br />北に持ち込むことができないものは、録音機、１３０ミリ以上の望遠レンズつきカメラ、パソコン、銀塩カメラなど。ニセ金の持ち込みも不可という北側の指示に思わず笑ってしまう。<br /><br />もちろん全員の携帯電話を南側の入国管理事務所に預けなければならない。小さな携帯デジタルカメラは持ち込み可能なのだが、銀塩カメラがダメというのは、出国の際に撮った映像がチェックできないからだという。<br /><br />まさか映像チェックはしないのではないかと高（たか）をくくっていたが、北朝鮮の軍人は手馴れた手つきで、全員のデジタルカメラの映像を覗き込み、参加者何人かの映像が彼らの手で消去されることとなった。<br /><br />今後、北朝鮮を訪れる人は、帰国の際に映像チェックがあるので、どうしても持ち出したい映像は小さな記録メディアに移して、気づかれない場所に隠しておき、カメラには残しておかないことをお勧めする。もちろん、カメラの映像を全部消去してしまえば、逆に疑われることになるので、相手の心理を読む技術が必要である。<br /><br />さて、南の入国管理事務所を通過するとすぐ、北側の入管職員が私たちのバスに乗り込み、一人一人のパスポートのチェックをする。普段は軍服の男性職員が乗り込んでくる緊張の一瞬なそうだが、２０歳ぐらいのその女性職員は、実に気さくな感じで、私たちを監視するのではなく、安全に案内したいという態度が切々と感じられた。<br /><br />しかし、彼女はマイクを取って、これから北に入る際の注意事項を語る。南側ガイドがそれを逐一英語に通訳する。<br /><br />「車窓からは絶対に撮影してはいけません。また北朝鮮領に入ってバスから降りた場合、決して北朝鮮人民や軍人を撮影してはいけません。村民のプライバシーを尊重してください。もし、違反した場合には厳重な対応をとることになりますので、慎重にお願いします」<br /><br />（つづく）<br /><br />　（ｃ）2007　菅原　秀　<br /><br /><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=163OS3+2KA7JM+PRI+BXQOH" target="_blank"><br /><img border="0" width="100" height="60" alt="" src="http://www29.a8.net/svt/bgt?aid=070715955155&wid=001&eno=01&mid=s00000003339002005000&mc=1"></a><br /><img border="0" width="1" height="1" src="http://www16.a8.net/0.gif?a8mat=163OS3+2KA7JM+PRI+BXQOH" 
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<item rdf:about="http://asia-journal.seesaa.net/article/46290042.html">
<link>http://asia-journal.seesaa.net/article/46290042.html</link>
<title>封建主義からの脱出に苦しむネパール（続き）</title>
<description>▼裸の王様と王子様 ギャネンドラの悪評は、２００１年の王室殺人事件にさかのぼる。王室一家９人を殺害した真犯人ではないかとうわさされていたからである。妻、息子が事件の現場にいたにもかかわらず、無傷だったのは、ギャネンドラがこの事件を影で操っていたのではないかといううわさだ。 しかもギャネンドラの息子パラス王子は、札付きの不良である。自分の車で死亡事故を起こした後、捜査の警察官に銃を突きつけて無罪放免させるなどの悪業を数多く繰り返している。国民は王室事件の直後に国王になったギャネ...</description>
<dc:subject>民主主義とは何だろう</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-06-30T19:13:23+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
▼裸の王様と王子様<br /><br />　ギャネンドラの悪評は、２００１年の王室殺人事件にさかのぼる。王室一家９人を殺害した真犯人ではないかとうわさされていたからである。妻、息子が事件の現場にいたにもかかわらず、無傷だったのは、ギャネンドラがこの事件を影で操っていたのではないかといううわさだ。<br /><br />　しかもギャネンドラの息子パラス王子は、札付きの不良である。自分の車で死亡事故を起こした後、捜査の警察官に銃を突きつけて無罪放免させるなどの悪業を数多く繰り返している。国民は王室事件の直後に国王になったギャネンドラを、まったく信用していなかったのである。<br /><br />　ネパールは１９９０年の民主化闘争以来、絶対王政の権限が縮小され、立憲君主国家として歩みはじめていたというのが一般的理解だ。しかし私は、ネパールは王の絶対支配による制度を現在まで抱えてきた地上最後の封建国家であると考える。国民が貧困であえいでいるにもかかわらず、ネパール王室は世界の王族の中でも飛びぬけた富を所有し、それを浪費し、国民を省みることなかった。<br /><br />　そして議会政党は、長年にわたって国王の臣下としての地位を疑うことなく受け入れてきた。というよりは、議会に入るということは王室と親交関係を持つエリートとして、支配階級になることを意味したといえる。<br /><br />　その議会と軍は国王を支え続け、反抗する人々に対して容赦のない弾圧を加えてきた。そうした封建的王政に始めて組織的に反抗したのが、ネパール中西部に拠点を構えたマオイストと呼ばれるグループである。<br /><br />▼なぜマオイストが生れたか<br /><br />　ネパール在住のライター小倉清子は、このマオイストについて継続して取材しており、『ネパール王政解体』（ＮＨＫブックス）の中で、貧困にあえぐ人々がなぜマオイストになったかについて書いている。克明なインタビューを行い、「マオイストになるか死か」という状況がネパール各地で展開されていたことを明らかにしているのである。<br /><br />　つまり王室とそれを支える政治政党による長年の封建主義による悪政がマオイストという武装闘争集団を生み出したのである。マオイストは警察や軍から武器を収奪しながら、ネパール全土の7割までその支配を拡大していった。<br /><br />　ギャネンドラの政権掌握宣言は、明確に国民を覚醒させることとなった。「王政封建主義がある限り、自分たちは永遠に檻の中に捉えられたままだ」ということを理解したのである。その結果、国民はギャネンドラに協力してテロリストを討伐することを拒否し、そのテロリストとの対話をするという奇策に出たのである。<br /><br />　この奇策は成功し、マオイスト側は議会政党との協力を開始した。最初の協力はカトマンズでの最大規模のデモによって、王に対する国民の「ノー！」を突きつける作戦だった。06年4月に行なわれた100万人とも言われる規模の、あまりの大きさに震え上がった王は4月24日、行政権を国民に戻すことを宣言した。<br /><br />　さらにマオイストと議会政党は、武装蜂起や議会制回復のロードマップなどの協定を作り、国連に提出した。<br /><br />　その結果、マオイストの武装解除が国連の手で、進行したのは承知の通りである。<br /><br />▼まとめ役不在のネパール政治<br /><br />　ネパールに民主主義が訪れるためには、まだまだ時間がかかるであろう。人々はいまだに封建主義とカースト制度のくびきから逃れていない。<br /><br />　長年にわたって王室に使えてきた既成政党は、象徴性王政を残して立憲君主国にしようとしている。マオイストは生まれて初めて国会議事堂に入ることになったが、あくまでも王の存続には反対である。今後の対立の火種がくすぶり続けている。<br /><br />さらに今回のまとめ役になったコイララ首相が高齢で肝臓病を抱えている。コイララに代わるまとめ役がいない今、ネパールの今後は相変わらず目が離せない状態だ。　<br /><br />　<br />（了）　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ｃ）2007　菅原　秀<br /><br /><br /><a name="more"></a>
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<item rdf:about="http://asia-journal.seesaa.net/article/40505754.html">
<link>http://asia-journal.seesaa.net/article/40505754.html</link>
<title>■封建主義からの脱出に苦しむネパール</title>
<description>ネパール情勢を読み解くときは、忘れてならないのは、隣国である中国、インド、ブータンの情勢がどうなっているかにも注目しなければならない。 これらの国々とは人々の交流も多く、中国領からはチベット人が流入してくる。またインドとの国境地帯にはマデシと呼ばれるインド系ネパール人が、住民登録もされないまま大量に居住しており、その動向がネパールの政治を左右する。９０年代にブータンからネパールに流入した難民の問題は、いまだに解決しておらず、ブータン人難民キャンプでは一触即発の状態が続いている...</description>
<dc:subject>民主主義とは何だろう</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2007-05-01T12:57:03+09:00</dc:date>
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ネパール情勢を読み解くときは、忘れてならないのは、隣国である中国、インド、ブータンの情勢がどうなっているかにも注目しなければならない。<br /><br />　これらの国々とは人々の交流も多く、中国領からはチベット人が流入してくる。またインドとの国境地帯にはマデシと呼ばれるインド系ネパール人が、住民登録もされないまま大量に居住しており、その動向がネパールの政治を左右する。９０年代にブータンからネパールに流入した難民の問題は、いまだに解決しておらず、ブータン人難民キャンプでは一触即発の状態が続いている。<br /><br />　そうした中、チベット亡命政府の幹部であるツェテン・ノルブ氏から、ＳＯＳという件名が書かれた電子メールが届いた。０５年1月２１日のことである。これがネパールの悪夢の始まりの知らせだった。<br /><br />　ツェテン氏は、カトマンズにあるダライ・ラマ法王ネパール事務所と、併設されているチベット難民救護事務所の責任者である。<br /><br />　ＳＯＳとはただごとではないと思って読んでみると、<br />「ネパール政府により、両事務所の閉鎖を命じられ、継続が不可能になった。これからインドのダラムサラに向かい、法王庁幹部と対策を練る。各国のネパール大使館に対し、事務所閉鎖命令を解除するよう要請していただきたい」という内容であった。<br /><br />▼チベット人にとってネパールは重要な移動拠点だ<br /><br />　チベットの民主化活動家は、中国政府による長年にわたる弾圧を逃れて、世界各地に亡命している。インドのダラムサラは亡命したダライ・ラマ法王庁が置かれた亡命政権の拠点であり、１９６０年にネルー首相によって提供された町である。６０００人のチベット人が居住し、亡命政権の各省庁と仏教大学、芸術研究所、図書館などがある静かな町である。<br /><br />　チベット人に対する中国地方政府からの陰湿な弾圧は、現在でも続いている。北京政府は、チベット人に対する差別はまったくなくなり、漢人と共に平和裏に共存していると発表し続けている。ラサへの高速鉄道も開通し、中国国内や海外からの観光客が、美しいチベット高原を連日訪れている。ＮＨＫなどで放映されるチベット鉄道などの映像を見る限り、かつてのチベット人弾圧は終焉したかのようだ。<br /><br />「今でも月に１００人ぐらいのチベット人がヒマラヤを越えて逃げてきます。中には警備が手薄な極寒の冬季を選んで、逃げてくる人もいます。装備なしで何日もかけて歩いて来るのですから、足の指を失うなどの、ひどい凍傷を抱えた状態でネパールにたどり着きます。そのために難民救援事務所はなくてはならない機関なのです」<br /><br />　ベマ・ギャルポ横浜桐蔭大学教授は、カトマンズにあるチベット人の拠点の重要性をこう説明する。<br /><br />　もし北京政府が言うように、漢人とチベット人が平和裏に共存しているのなら、冬の最中に命がけでヒマラヤ越えをする人間なぞ、いるはずがない。<br /><br />　真相は、こうした部分をしっかりと捉えることで見えてくる。<br /><br />　さて、亡命政権からの事務所閉鎖命令の情報は世界中に発信され、今までネパール王政に開発援助を行ない続けていた欧米諸国の怒りの火を燃やすこととなった。欧米ではノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマの活動を否定するような行動に対して、極めて敏感なのである。<br /><br />▼ギャネンドラ国王の勘違い<br /><br />　中国に対する遠慮で、チベット問題に及び腰な日本政府も、今回だけはネパールの情報収集に動き始めたようだ。ギャネンドラが不穏な動きを見せた翌日に外務省報道官がネパール情勢に対する憂慮の発表を行うという早業を行ない、さらに翌年には塩崎外務副大臣をカトマンズに派遣している。<br /><br />　ギャネンドラ国王は、今回のチベット人に対する仕打ちが、国際社会から大きな反発を受けるという予測はまったくしていなかったようだ。<br /><br />　各国のＮＧＯが連絡をとりながら、何とかネパール政府に二つの事務所の再開を説得しようと動き始めた矢先の２月１日、そのギャネンドラ国王は自分の言うことを聞かないデウバ首相を解任し、配下の国軍を率いて政権を掌握したのである。<br /><br />　国王は、テレビを通じて布告を発し、既成政党とマオイストを厳しく非難した。そうした失政を行なった内閣のせいであるとし、自らが政権を掌握すると発表したのである。大義名分は、国軍によってテロリストを討伐することによって国家を安定させ、王の威信にかけて議会制民主主義を回復させるというものだった。<br /><br />　この発表と同時に国王軍は、インターネットと電話線を切断した。その日からのネパールとの連絡はまったく不可能になった。<br /><br />　私はカトマンズ・ポストをはじめ、ネパール現地の英文のニュースを入手しようと、連日アクセスを試みたが、インターネットの機能はずっと停止したままだった。ネパール国内の民主化活動家やブータン人難民の事務所に出したメールも届かなかった。<br /><br />　通信手段を遮断してギャネンドラが行なったのは、閣僚たちの解任だけではなかった。報道機関に軍を派遣し、新聞の発行をすべて停止するように命じていたのである。<br /><br />　しかし国民は誰もギャネンドラを支持しなかった。新聞は禁止措置を無視して、ゲリラ的に発行を継続していた。<br /><br />　やっとネパールにインターネットが通じるようになったのは、２月の末頃だった。<br /><br /><br />（続く）　　　　　　　　　　　　　　　　　　（ｃ）2007　菅原　秀<br /><a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://asia-journal.seesaa.net/article/27813949.html">
<link>http://asia-journal.seesaa.net/article/27813949.html</link>
<title>モハメッドの漫画の隠された意味 （３） &lt;br /&gt;</title>
<description>■神でないものを神にするメカニズム さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム（聖職者）を紹介してもらうこともある。 ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2006-11-19T18:57:43+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
■神でないものを神にするメカニズム<br /><br />　さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。<br />「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム（聖職者）を紹介してもらうこともある。<br /><br />　ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金科玉条として生きているのだと思われているが、こうした質問をすると、多様な答えが返ってくるので面白い。<br /><br />　さて、偶像礼拝に関する質問への彼らの答は、おおむね次のように要約できる。<br /><br />１、神とは目に見えない偉大な存在であり、偶像で現すことは不可能である。それを偶像で現そうとするのは神への冒?である。<br /><br />２、偶像は神を想像して拝むための手段として発明されたものである。しかし、そのために偶像を取り入れてしまうと、偶像を拝むことが目的化されてしまい、教会組織運営の手段となってしまう。モハメッドの時代、キリスト教会は組織拡大の手段としてマリア像を拝む「マリア信仰」を用いていた。モハメッドは「マリア信仰」による教会の堕落を看破し、そうした偶像礼拝を禁じたのである。<br /><br />３、キリストやモハメッドは預言者である。預言者の像や写真を拝むことは、神への冒涜であるだけでなく、預言者を絶対化して盲信することになり、別の新興宗教を産み出してしまう。あるいは、それによって生じた教条主義やセクト主義によって信仰全体がゆがめられてしまう。<br /><br />４、偶像は物である。偶像礼拝は物を賛美することであり、人々の心を破壊し、文明を破壊する。経済至上主義という拝金主義は典型的な偶像礼拝の症状である。<br /><br />　さて、これらを踏まえたうえで、具体的なわかりやすい例を述べよう。<br /><br />　１９９５年にオウム真理教の麻原彰晃らが逮捕されたときのテレビ画面を思い出していただきたい。<br /><br />　頭にヘッドギアをかぶった白装束の信者達。サティアンと呼ばれた異様な建物の群れ。それらの建物内に貼ってあったおびただしい数の麻原彰晃の顔写真。<br /><br />　評論家達はしきりに、信者達がサブリミナル効果や薬物によって「洗脳」れていることを指摘した。しかし、サブリミナル効果以上に、信者達の心をだめにしていたのが偶像礼拝による催眠効果なのである。<br /><br />　信者達は麻原が説く教えのいずれかに興味を持ってこの教団に入った。そこに待っていたのは、麻原をあたかも神のごとく敬う世界だった。麻原を頂点とした意味不明のヒエラルキー（階層）の階段を上る修行システムだった。<br /><br />　こうしたシステムは信者の判断力を奪い、「盲信」というメカニズムを発生させる。<br /><br />　信者達は、組織の頂点に君臨しているこの男を、「最高の悟りに達した存在だ」と勘違いして、一歩でもそこに近づくために、壁にベタベタとこの男の写真を貼り、毎日拝み続けていたのである。<br /><br />　評論家達はサブリミナル効果と考えているが、サブリミナルは条件反射を導くだけで「盲信」を発生させることはできない。信者自身が自分の意思で偶像礼拝の世界に飛び込むことで「盲信」が生まれるのである。<br /><br />　映像文化が発展した現代社会では、偶像礼拝の初歩的な症状を容易に観察できる。テレビスターの「追っかけ」がその典型である。つまり、スター願望という催眠現象である。<br /><br />　人は、地位の高い人や、有名な人の目前に行くと、あがってしまい、いいたいことも言えなくなりがちだ。つまり、知らず知らずに自分自身を相手よりも低い人間だと自己催眠をかけてしまった結果なのである。<br /><br />「自分はそんなことはない」と言うむきも多いと思うが、いざ自分が入ったレストランの隣の席に、日頃テレビでよく観ている有名人が座っていたら、舞い上がってしまうのが人情であろう。つまりブラウン管の向こうの人は「特殊な人」で、自分を「普通の人」と考える思考が、社会的身分にまつわる自己催眠なのである。<br /><br />　問題なのは、教祖になりたがる人よりも、自分を低い存在と考えて自己催眠にかかってしまう人の数が圧倒的に多いことである。<br /><br />　あのヨン様を追いかける中年女性の群れを見ただけでも、私たちは肝を潰してしまうが、宗教団体に集まって偶像礼拝をする人々の「追っかけ」のエネルギーは、ヨン様「追っかけ」の物の比ではない。誰にも止められない怖さがある。<br /><br />　オウム真理教の捜査のあと、警察庁の幹部からこういう言葉を聞いた。<br /><br />「オウム真理教壊滅のために全国の警察官５万人を約一年間投入しなければなりませんでした。全警察官の３分の１以上の数です。そのためにどこの警察署でも仕事の量が増えて、過労死した仲間もいるほどです。たかだか信者数１万人の団体の取り締まりに対して、警察力の限界ぎりぎりでやっと対応できたと言うのが実情です。つまり、これ以上大きな不法集団が出現したら、日本の警察力では対応できないと言うことが、はっきりとわかったのです」<br /><br />　オウム真理教のような小さな教団ですら、偶像礼拝のメカニズムを利用して、これだけ大きなインパクトを与えるのである。<br /><br />　モハメッドはそのことを良く知っていたからこそ、偶像礼拝に対してはことのほか厳しく禁じているのである。<br /><br />　そして全世界のムスリムは、モハメッドが説いた偶像礼拝の禁を堅く守り、モハメッドの肖像画も一切作ることなく、神への祈りを捧げ続けているのである。<br /><br />■教条主義を生む偶像礼拝<br /><br />　人間はあくまでも人間であり、等しく与えられている法則から逃れることは出来ない。悟りを得たから人間でないとか、奴隷であるから人間でないなどということは、まったくありえないことである。<br /><br />　しかし、怪しげな宗教にそまって教祖を盲信してしまっている人は、その当たり前の道理を否定して、教祖を神にしてみたり、物質を御神体と呼んで神にしたりという偶像礼拝を開始する。<br /><br />　この偶像礼拝は人間の心を荒廃させるだけではない。ドグマチズム（教条主義）を生み出し、セクショナリズムという社会的害毒を肥大させてしまうのである。<br /><br />　このセクショナリズムのエネルギーというのは、とても大きいもので、いったん生まれると消し去ることができない。<br /><br />　日本人の私たちにとっても分かりやすい例として仏教の例をあげよう。<br /><br />　曹洞宗の開祖の道元は「正法眼蔵」の中で次のように語っている。<br /><br />「釈迦の仏法を禅宗とか曹洞宗とか呼ぶのはあやまりである。その証拠に釈迦の時代には禅宗とか曹洞宗という名称はなかった。釈迦の正法をこういうふうに言うのは、悪魔の言うことであり、正法を受け継いだものの言うべきことではない」<br /><br />　おそらく開祖が書いたこの文章を知らない曹洞宗の僧侶は皆無であろう。しかし、彼らが曹洞宗という名前を廃止する運動を起こしたことなど聞いたことがない。<br /><br />　開祖に言わせれば現在の曹洞宗の僧侶たちは悪魔の正法を恭しく捧げている集団ということになる。いったんセクショナリズムが生まれてしまえば、消し去ることができなくなる。曹洞宗をその一例としてぜひ記憶しておいていただきたい。<br /><br />　マホメットはカーバ神殿を奪還したのち、あらゆる偶像や屋台を放り出し、何もない純粋な祈りの場に生まれかわらせた。そして、それは今でも続いている。<br /><br />　フレミング・ローズは、漫画を発表することで、良いムスリムと悪いムスリムを峻別する表現の自由を駆使したと思い込んだ。しかし、偶像礼拝のメカニズムを知らなかったために、イスラム教が依拠する信仰そのものを否定するというとんでもない過ちを犯してしまったのである。そして、本人はまったく気づいていないようであるが、その過ちは同時にキリスト教の否定でもあり、神そのものの否定にもつながっているのである。<br /><br />了<a name="more"></a>
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<title>モハメッドの漫画の隠された意味（2）</title>
<description> さて、騒ぎの火付け役であるフレミング・ローズは、０６年２月１７日になって当のユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。 かなりの長文だが要約すると次のような内容であった。 「表現の自由を標榜する現在のメディアは、ムスリムへの恐れから、表現を自粛している。子供向けにモハメッドの伝記を書こうとした作家が、肖像画の描き手を捜したところ、みんな怖気づいてしまい、見つからなかった。イスラム教への批判を許さずに全体主義的な脅迫をわれわれに行なって...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2006-05-21T20:46:54+09:00</dc:date>
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 さて、騒ぎの火付け役であるフレミング・ローズは、０６年２月１７日になって当のユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。<br /><br />　かなりの長文だが要約すると次のような内容であった。　<br /><br />「表現の自由を標榜する現在のメディアは、ムスリムへの恐れから、表現を自粛している。子供向けにモハメッドの伝記を書こうとした作家が、肖像画の描き手を捜したところ、みんな怖気づいてしまい、見つからなかった。イスラム教への批判を許さずに全体主義的な脅迫をわれわれに行なってくるムスリムに対し、表現の自由を知らしめるために漫画の掲載に踏み切ったのである。私の呼びかけに対し、１２人の漫画家が応えてくれた。われわれは今までにあらゆる人々を風刺する権利を行使してきた、王室であろうとキリストであろうと風刺の対象としてきた。しかしモハメッドにだけそれができないというのはおかしい。人は平等である。これは表現の自由を守る戦いである」<br /><br />■良いムスリムと悪いムスリム？<br /><br />　偶像礼拝の意味を知らない人にとってはこの理屈は道理にかなっているように思える。しかし、これは偶像礼拝の危険さを棚上げにした理屈だ。<br /><br />フレミング・ローズは偶像礼拝についてどう考えているのだろうか。<br />彼の文章からだけでは判断できないが、経歴を調べてみると、ロシア語の専門家でモスクワで学んだことがあるようだ。さらに現職の前に別な新聞のワシントン特派員の仕事をしている。恐らくそこで得た知己だろう。２００５年初頭に再び訪米して、著名な中東専門家であるダニエル・パイプスを取材し、ユランズ・ポステン紙で紹介している。<br /><br />　ダニエル・パイプスはユダヤ系アメリカ人で、アラビア語に堪能な中東評論家として著名だ。雑誌や新聞に、アメリカの民主主義と協調できるイスラム穏健派との連帯が必要だという主張を発表し続けている。それだけなら多少ましなのだが、アメリカを批判するイスラム学者の講義内容を学生達にスパイさせ、キャンパス・ウォッチというサイトに匿名の報告を大量に掲載し、テロを支持するイスラム学者だとしてふるい分けて、社会的制裁を呼びかける抑圧的な人物なのである。<br /><br />　つまりローズは、こうした人騒がせなアメリカの中東専門家を、海を越えて取材に行くほど、ムスリムに対するある種の思い入れが強かったと言える。<br />　そうした思い入れを持つローズはどの程度、イスラム教を理解をしているのだろうか。<br /> <br /> ローズが書いたユランズ・ポステン掲載の紹介記事が、当の取材対象のダニエル・パイプス自身のサイトに英訳されて掲載されていた。パイプスは、外国から記者が取材に来てくれたことがよほど嬉しかったのだろう。誰かがボランティアで訳したものを入手し、わざわざ専門家に頼んで、校正の手を加えてもらっている。<br /><br /> それを読むと、フレミング・ローズのイスラム教理解はがっかりするほど表層的なものであることがわかる。複雑なイスラム教世界を単純に、原理主義過激グループと穏健派ムスリムのふたつにわけてしまい。パイプスを、穏健派ムスリムを支持するアメリカの良心だと紹介しているに過ぎないのである。<br /><br />■表面だけからのイスラム理解<br /><br />　この程度のイスラム教理解では、ローズが偶像礼拝というイスラム教の存続にかかわる問題を理解するのは無理だ。ローズは偶像礼拝の意味がわからずに、原理主義過激派ムスリムに対する単純な苛立ちからモハメッドの漫画１２点を掲載するという挙に出たと思われる。その結果、本人は大勢の「良いムスリム」がモハメッドを揶揄した漫画に賛同してくれると思ったようだ。本人は表現の自由を奪われたムスリムを救ったつもりでいたに違いない。<br /><br />　ところが、ムスリムからの反応は、みなさんご承知のとおりだった。ローズは今回の行為がムスリム全体をバカにした行為であるということに気づかなかったのである。<br /><br />　つまり「日本人は皆バカだ」とか「仏教徒は皆バカだ」と言い切ることと同じようなナンセンスをローズは行なってしまったのである。そして、その行為を表現の自由をまもるためだと言い訳してしまったのである。<br /><br />　しかし、ローズがイスラム教の基本に対して無知だからといって彼ひとりを責めることはできない。偶像礼拝を原則的に禁止している全世界のキリスト教徒たちも、この問題をおざなりにしているからだ。ルーテル福音派を国教とするデンマークだが、ローズも偶像崇拝の本当の意味などを知ることもなく、自分が生まれたそのデンマークの価値観が世界に通じると思って育ったのであろう。<br /><br />■アニミズムと偶像礼拝<br /><br />　日本では偶像礼拝がどういう意味を持つものであるかが、ほとんど知られていない。聖書の中にこの言葉が記述されていることが知られている程度だ。<br /><br />　言葉そのものから連想されるのは「人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むこと」といった概念であろう。<br /><br />　人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むのは、大昔から世界中に存在しているアニミズムやシャーマニズムから来たものが大部分で、偶像礼拝のような積極的な「神への冒&#28678;」行為を伴わないことが多い。<br /><br />　たとえばビリケン像や仙台四郎を「商売繁盛の神様」として拝んだり、招き猫を店の入り口に置いて客が来ることを願ったり、あるいは龍や狐のお札をお守りとして事故や災難に遇わないように祈願する行為などが偶像礼拝だと思われている。<br /><br /> しかし、こうした行為はアニミズムやシャーマニズムの古くからの伝統の名残りであり、そこには神を冒涜するという意思は希薄である。来日するムスリムにそうした物を見せたり案内しても、偶像礼拝として目くじらを立てた人には出会ったためしがない。<br /><br />　事実、どのイスラム国家にも昔からのアニミズムやシャーマニズムの伝統がある。私たちに身近なインドネシアやマレーシアなどのイスラム国家では、昔から伝わるお守りや像などが、どの町でも売られている。そのことに誰かが目くじらを立てたという話は聞いたことがない。<br /><br />　しかし、もしインドネシアやマレーシアのみやげ物屋で、キリストやマリアの聖像が売られていたとしたらどうなるだろう。大変な騒ぎになるに違いない。<br />　偶像礼拝はこうした宗教そのものと関連したある種の意思を伴う、背信行為を差すのである。<br />　<br /> では、偶像礼拝とは何なのだろうか。<br /><br />■モハメッドの肖像画はなぜ作られないのか<br />　<br /> 偶像礼拝そのものをテーマにした映画が、ムスリムの映画監督によって作られたことがある。１９７６に全世界で反響を呼んだ「ザ・メーセージ」という映画である。監督はムスタファ・アッカド。シリア人である。<br /><br /> 天使ガブリエルによって啓示を得たモハメッドは、神の使徒として、人々の平等と社会腐敗改革のための正義を説き、共鳴者を増やしていった。しかし、メッカの大金持たちにとって、モーゼの十戒をきちんと守ろうとするモハメッドの教えは受け入れられないものだった。カーバ神殿は、さまざまな宗教の教祖や動物の偶像を祭り、多神教を商売として繁栄していた。その反映を神の名のもとに否定されれば、生活の基盤を失うからだ。<br /><br /> そこで、彼らは、モハメッドとその仲間たちに過酷な仕打ちをし、弾圧に出た。次々に仲間や家族に拷問を加え、さらにモハメッドの人種平等思想を信奉する黒人奴隷を石の下に敷いて殺した。<br /><br /> メッカでの伝道を断念したモハメッドたちは、北方の町メディナに移り、再起を図った。そしてついにメッカを奪還し、偶像礼拝を一掃し、カーバ神殿を神の聖堂として回復させたのだった。<br /><br /> だいぶ前の映画なので、細かいストーリーは忘れてしまった。しかし、メッカに凱旋したモハメッドたちの兵士である元黒人奴隷が高らかに「アッラーは唯一の神なり」とコーランを朗詠するのが、とても印象的な映画だった。さらに、もうひとつ印象的だったのは、モハメッドが持っていたと思われる杖が砂漠の真ん中に立っていて、ナレーションとコーランの朗詠が重なる場面だった。<br /><br /> さて、問題のポイントについて述べよう。<br /><br /> この「ザ・メッセージ」はモハメッドの生涯を描いた大作であるにもかかわらず、主人公であるモハメッドは一切登場していないのである。<br /><br /> それでは、なぜモハメッドに扮した俳優が映画に登場しないのであろうか。<br /><br /> それは、モハメッドを神の化身と勘違いしてしまう人々の出現を恐れるからである。つまりモハメッドの肖像を拝んでありがたがる人々の出現を恐れるからである。<br /><br /> モーゼもキリストもモハメッドも、偶像礼拝をはっきりと禁じている。恐らく、彼らの時代には偶像礼拝の弊害が理解できる社会背景があったのだろう。<br /><br />　しかしいま私たちが聖書を読んでも、「なぜ偶像礼拝がいけないのか」という理由を理解するのはとても難しい。コリント人への手紙の第１０章でパウロが葡萄酒や捧げ物のたとえをしながら、なぜ偶像礼拝がいけないのかを長々と説明しているが、私たち日本人にはとんと理解できない。背景の文化が皆目わからないからだ。<br /><br /> コーランの記述は聖書よりはわかりやすい。「あなたがたと，あなたがたの祖先が命名した偶像の名に就いて，アッラーが何の権威をも授けられないものに就いて，あなたがたはわたしと論争するのか（７章７１）」などの記述で、偶像は神とは無関係な張りぼてであるということを繰り返し説いている。しかし、ムスリムにはこうした記述がピンと来るのだろうが、われわれにはとてもわかりにくい。<br /><br />■神でないものを神にするメカニズム<br /><br /> さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。<br /><br /> 私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム（聖職者）を紹介してもらうこともある。<br /><br /> ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金科玉条として生きているのだと思われているが、こうした質問をすると、多様な答えが返ってくるので面白い。<br /><br /> さて、偶像礼拝に関する質問への彼らの答は、おおむね次のように要約できる。<br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）<br /><br /><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=163OS3+2KA7JM+PRI+BXQOH" target="_blank"><br /><img border="0" width="100" height="60" alt="" src="http://www28.a8.net/svt/bgt?aid=070715955155&wid=001&eno=01&mid=s00000003339002005000&mc=1"></a><br /><img border="0" width="1" height="1" src="http://www16.a8.net/0.gif?a8mat=163OS3+2KA7JM+PRI+BXQOH" alt=""><br /><br /><a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://asia-journal.seesaa.net/article/16577681.html">
<link>http://asia-journal.seesaa.net/article/16577681.html</link>
<title>モハメッドの漫画の隠された意味 （１）&lt;br /&gt;</title>
<description>デンマークの新聞ユランズ・ポステンが、イスラム教の預言者モハメッド（ムハンマド）を風刺する漫画１２点を掲載し、世界中のムスリム（イスラム教徒）に怒りの火をつけた。 西側各国のいくつかの新聞社もこの騒ぎを増幅した。ユランズ・ポステンの風刺画を新聞に転載して、表現の自由を守るべきであるという論陣を張り、さらに世界のムスリムたちを怒らせた。 挙句の果てには０６年２月２３日、デンマーク国内の報道機関に授与される「ビクトル賞」がユランズ・ポステン紙に授与された。表現の自由を守ったという...</description>
<dc:subject>涙は止まるか</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2006-04-14T22:13:04+09:00</dc:date>
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デンマークの新聞ユランズ・ポステンが、イスラム教の預言者モハメッド（ムハンマド）を風刺する漫画１２点を掲載し、世界中のムスリム（イスラム教徒）に怒りの火をつけた。<br />　西側各国のいくつかの新聞社もこの騒ぎを増幅した。ユランズ・ポステンの風刺画を新聞に転載して、表現の自由を守るべきであるという論陣を張り、さらに世界のムスリムたちを怒らせた。<br /><br />　挙句の果てには０６年２月２３日、デンマーク国内の報道機関に授与される「ビクトル賞」がユランズ・ポステン紙に授与された。表現の自由を守ったというのが、その理由だ。<br />　さて、９・１１以降、世界はとても危険な状態になってきている。<br />　そうした中で起きたデンマークの有力紙によるイスラム社会への挑発は、何を意味するのだろうか。<br /><br />■イスラム社会全体への挑戦<br /><br />　モハメッド「らしき」人物の漫画を描き、その漫画をテロリスト風に描写した今回の行為は、ムスリムの感性そのものに暴力的に突き刺さり、ムスリムたちの心をズダズダにすることになった。<br /><br />　なぜそうなったかを、ムスリム以外の人が理解することはとても難しい。しかし、私たちが理解するためのキーワードはたくさんある。<br /><br />今回の事件で強調されている「預言者」「肖像画」「偶像礼拝」などの一連のイスラム用語が、私たちの理解を助けてくれるのである。<br />　私たち日本人は平和運動に熱心であり、世界の人々の核の恐ろしさに対する無知にもかかわらず断固、広島と長崎の経験と悲劇を伝え続けてきた。<br /><br />　実は、今回のユランズ・ポステン紙による挑発は、そうした私たちの平和への願いをも吹き飛ばしてしまうかも知れない、恐ろしい行為なのである。<br />　つまり、ユランズ・ポステン紙のくだんの文化部長は、イスラム教が封印し続けてきた「パンドラの箱のふた」を開けてしまったのである。<br />　<br /> 今回の事件、というよりも挑発に対して世界中のムスリムが怒ったのは、モハメッドをテロリストになぞらえた漫画が掲載されたからだと思われている。しかし、ムスリムたちはそのことに怒っているのではない。モハメッド「らしき」人物の漫画を１２点も「これでもかこれでもか」と並べることで、ムスリムの感性を逆なでにし、神への最大の冒&#28678;である偶像崇拝というタブーを揶揄したことに対して怒っているのである。<br /><br />　同じジャーナリストとして、この漫画を掲載した文化部長の行為をとても残念に思う。と同時に、この記者が行なった行為がどういう意味を持っているかということを、わかりやすく説明するのが難しいことに気づいた。しかし、今回の行為の意味、とくに偶像礼拝の意味をわかりやすく解説している人が、ほとんどいないので、拙いながらも、あえて書きしるすことにした。<br /><br />　これは、人類の心と宗教全体、そしてこれからの世界平和に関連したとても大事なことなのである。　<br /><br /><br />■表現の自由という勘違い<br /><br />　ユランズ・ポステンは１８７１年に創刊された古い新聞であり部数は約１５万部、日曜版が約２０万部で、デンマークでは最も大きな有力紙とのことである。<br /><br />　論調は創刊時から右派的で、今回の風刺漫画事件についても、掲載された０５年の１０月にはデンマーク国内のムスリムから抗議が殺到したものの、それに動じる様子はなかった。<br /><br />　しかし翌０６年の１月になって、風刺漫画掲載の事実が海外に報じられ始め、世界各国に抗議活動が広がり、同紙はあわてふためいた。<br /><br />　とりあえず編集局長が「ムスリムの感情を害する意図はなかった」と謝罪し、漫画を掲載した当人である文化部長のフレミング・ローズを担当から降ろした。しかし、軽微な処分を受けただけのローズは、海外のメディアとコンタクトを取って、「表現の自由を守る」という口実で、騒ぎを大きくする工作をしていた。<br /><br />　最初は西側の新聞がなぜ、ユランズ・ポステンの漫画を積極的に載せてムスリムの怒りに火をつけ続けていたのかがよく分からなかったのだが、文化部の担当を降ろされたローズが積極的に内外の記者や学者と連絡を取り始めた結果だった。どうも、世界中のムスリムを敵に回して騒動を拡大したがっているようだ。真意は、どんなところにあるのだろうか。<br /><br />　２月１７日になって当のフレミング・ローズがユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。<br /><br />　本人の説明は、おおむね次のようなものである。<br /><br />（つづく）<br /><br />                                       　　　　　　  初稿06年3月<br /><br /><a href="http://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=1660U7+A4YQLU+1C1G+5YZ75" target="_blank"><br /><img border="0" width="234" height="60" alt="" src="http://www24.a8.net/svt/bgt?aid=070824895613&wid=001&eno=01&mid=s00000006226001003000&mc=1"></a><br /><img border="0" width="1" height="1" src="http://www19.a8.net/0.gif?a8mat=1660U7+A4YQLU+1C1G+5YZ75" alt=""><br /><a name="more"></a>
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</item>
<item rdf:about="http://asia-journal.seesaa.net/article/7606466.html">
<link>http://asia-journal.seesaa.net/article/7606466.html</link>
<title>国際盗聴網があなたをねらっている（３）&lt;br /&gt;</title>
<description>◆日本も傍受されているさて、日本はエシェロンの傍受対象にされているのだろうか。ハーガー氏の指摘によれば、特に外交文書がかなり傍受されているという。エシェロンの各国の傍受基地が日本の情報の何を盗み取るかということについては、地域ごとに分担が決まっている。日本政府が太平洋地域で展開している貿易、海外援助、漁業などの政策や、国際会議などの情報を扱うのは、ニュージーランドの担当である。日本大使館は通信内容の機密の度合いに応じて、暗号を区別し、主としてテレックスでのやり取りをしていると...</description>
<dc:subject>民主主義とは何だろう</dc:subject>
<dc:creator>菅原 秀</dc:creator>
<dc:date>2005-10-02T20:14:15+09:00</dc:date>
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◆日本も傍受されている<br /><br />さて、日本はエシェロンの傍受対象にされているのだろうか。<br /><br />ハーガー氏の指摘によれば、特に外交文書がかなり傍受されているという。エシェロンの各国の傍受基地が日本の情報の何を盗み取るかということについては、地域ごとに分担が決まっている。<br /><br />日本政府が太平洋地域で展開している貿易、海外援助、漁業などの政策や、国際会議などの情報を扱うのは、ニュージーランドの担当である。<br /><br />日本大使館は通信内容の機密の度合いに応じて、暗号を区別し、主としてテレックスでのやり取りをしているという。難易度の低い暗号が使われた場合は、ニュージーランドの傍受基地の分析官は、難なくその内容を読み取ることができるという。<br /><br />ニュージーランド情報通信保安局（ＧＣＳＢ）が傍受する日本大使館の電文は、ビザの発給や文化行事、あるいは定期外交報告などであり、こうした文書は機密扱いではないので、傍受が簡単なそうである。しかし、一見なんでもないような内容から日本政府の外交方針を読み取るのが、分析官という高度な訓練を受けたスパイの仕事である。<br /><br />また太平洋地域の在外日本公館は、外務省と衛星通信で連絡しているので、ニュージーランドが日本の太平洋地域の情報を盗むことは困難だった。<br /><br />◆甘く見られている日本発の通信<br /><br />ところが１９８９年にニュージーランドのワイホバイという場所に通信衛星専門の傍受基地を設置し、日本大使館の情報を読み取れるようになった。これらの電文を分析した日本発の情報にはＪＡＤという符牒がつけられ、エシェロン各国の諜報機関に供給する作業が開始された。<br /><br />ニュージーランド情報通信保安局（ＧＣＳＢ）では分析官たちが通信内容ごとにデータを仕分けし、翻訳する。これをエシェロンの共通書式に従って「最高機密」「機密」などに分類する。日本語の情報を傍受するためにはコンピューターのシステムに日本語を組み込まなければならない。この作業はアメリカのＮＳＡが行い、さらに傍受用の特殊なプログラムを開発して、ニュージーランドに持ち込んでいる。<br /><br />ＪＡＤ情報は一般的にはたいくつ極まらないものばかりで、ほとんど役に立たないそうだが、日本の役人はときどき油断して「お宝」情報を漏らしてしまうことがある。<br /><br />語り草となっている話として８０年代初めの出来事がある。日本のある外交官が貿易産品の価格交渉での買い入れ可能上限額を、日常連絡用の外交文書で送ってしまったそうである。その結果、ニュージーランド側の食肉団体が大儲けをすることができ、ＧＣＳＢの存在価値がおおいに認められることになったそうだ。<br /><br />日本語を傍受する部署はＫ部と呼ばれる部局にある。Ｋ部にはＫＰ課とＫＥ課がある。<br /><br />Ｋの意味は単なる部署記号らしいが、Ｐは太平洋州の意味で、ＫＰ課は太平洋諸島国家の政府活動やフランスの核実験の監視を行っている。Ｅは経済の意味で、ＫＥ課は南太平洋の日本の外交通信、ロシアと日本の漁業、さらに南極圏の各国の経済活動を監視している。<br /><br />またニュージーランドで傍受できない情報に関しては、アメリカが三沢基地に