2007年05月01日

■封建主義からの脱出に苦しむネパール

ネパール情勢を読み解くときは、忘れてならないのは、隣国である中国、インド、ブータンの情勢がどうなっているかにも注目しなければならない。

 これらの国々とは人々の交流も多く、中国領からはチベット人が流入してくる。またインドとの国境地帯にはマデシと呼ばれるインド系ネパール人が、住民登録もされないまま大量に居住しており、その動向がネパールの政治を左右する。90年代にブータンからネパールに流入した難民の問題は、いまだに解決しておらず、ブータン人難民キャンプでは一触即発の状態が続いている。

 そうした中、チベット亡命政府の幹部であるツェテン・ノルブ氏から、SOSという件名が書かれた電子メールが届いた。05年1月21日のことである。これがネパールの悪夢の始まりの知らせだった。

 ツェテン氏は、カトマンズにあるダライ・ラマ法王ネパール事務所と、併設されているチベット難民救護事務所の責任者である。

 SOSとはただごとではないと思って読んでみると、
「ネパール政府により、両事務所の閉鎖を命じられ、継続が不可能になった。これからインドのダラムサラに向かい、法王庁幹部と対策を練る。各国のネパール大使館に対し、事務所閉鎖命令を解除するよう要請していただきたい」という内容であった。

▼チベット人にとってネパールは重要な移動拠点だ

 チベットの民主化活動家は、中国政府による長年にわたる弾圧を逃れて、世界各地に亡命している。インドのダラムサラは亡命したダライ・ラマ法王庁が置かれた亡命政権の拠点であり、1960年にネルー首相によって提供された町である。6000人のチベット人が居住し、亡命政権の各省庁と仏教大学、芸術研究所、図書館などがある静かな町である。

 チベット人に対する中国地方政府からの陰湿な弾圧は、現在でも続いている。北京政府は、チベット人に対する差別はまったくなくなり、漢人と共に平和裏に共存していると発表し続けている。ラサへの高速鉄道も開通し、中国国内や海外からの観光客が、美しいチベット高原を連日訪れている。NHKなどで放映されるチベット鉄道などの映像を見る限り、かつてのチベット人弾圧は終焉したかのようだ。

「今でも月に100人ぐらいのチベット人がヒマラヤを越えて逃げてきます。中には警備が手薄な極寒の冬季を選んで、逃げてくる人もいます。装備なしで何日もかけて歩いて来るのですから、足の指を失うなどの、ひどい凍傷を抱えた状態でネパールにたどり着きます。そのために難民救援事務所はなくてはならない機関なのです」

 ベマ・ギャルポ横浜桐蔭大学教授は、カトマンズにあるチベット人の拠点の重要性をこう説明する。

 もし北京政府が言うように、漢人とチベット人が平和裏に共存しているのなら、冬の最中に命がけでヒマラヤ越えをする人間なぞ、いるはずがない。

 真相は、こうした部分をしっかりと捉えることで見えてくる。

 さて、亡命政権からの事務所閉鎖命令の情報は世界中に発信され、今までネパール王政に開発援助を行ない続けていた欧米諸国の怒りの火を燃やすこととなった。欧米ではノーベル平和賞受賞者であるダライ・ラマの活動を否定するような行動に対して、極めて敏感なのである。

▼ギャネンドラ国王の勘違い

 中国に対する遠慮で、チベット問題に及び腰な日本政府も、今回だけはネパールの情報収集に動き始めたようだ。ギャネンドラが不穏な動きを見せた翌日に外務省報道官がネパール情勢に対する憂慮の発表を行うという早業を行ない、さらに翌年には塩崎外務副大臣をカトマンズに派遣している。

 ギャネンドラ国王は、今回のチベット人に対する仕打ちが、国際社会から大きな反発を受けるという予測はまったくしていなかったようだ。

 各国のNGOが連絡をとりながら、何とかネパール政府に二つの事務所の再開を説得しようと動き始めた矢先の2月1日、そのギャネンドラ国王は自分の言うことを聞かないデウバ首相を解任し、配下の国軍を率いて政権を掌握したのである。

 国王は、テレビを通じて布告を発し、既成政党とマオイストを厳しく非難した。そうした失政を行なった内閣のせいであるとし、自らが政権を掌握すると発表したのである。大義名分は、国軍によってテロリストを討伐することによって国家を安定させ、王の威信にかけて議会制民主主義を回復させるというものだった。

 この発表と同時に国王軍は、インターネットと電話線を切断した。その日からのネパールとの連絡はまったく不可能になった。

 私はカトマンズ・ポストをはじめ、ネパール現地の英文のニュースを入手しようと、連日アクセスを試みたが、インターネットの機能はずっと停止したままだった。ネパール国内の民主化活動家やブータン人難民の事務所に出したメールも届かなかった。

 通信手段を遮断してギャネンドラが行なったのは、閣僚たちの解任だけではなかった。報道機関に軍を派遣し、新聞の発行をすべて停止するように命じていたのである。

 しかし国民は誰もギャネンドラを支持しなかった。新聞は禁止措置を無視して、ゲリラ的に発行を継続していた。

 やっとネパールにインターネットが通じるようになったのは、2月の末頃だった。


(続く)                  (c)2007 菅原 秀
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2006年11月19日

モハメッドの漫画の隠された意味 (3) 

■神でないものを神にするメカニズム

 さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。
「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム(聖職者)を紹介してもらうこともある。

 ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金科玉条として生きているのだと思われているが、こうした質問をすると、多様な答えが返ってくるので面白い。

 偶像礼拝に関する質問への彼らの答は、おおむね次のように要約できる。

1、神とは目に見えない偉大な存在であり、偶像で現すことは不可能である。それを偶像で現そうとするのは神への冒涜である。

2、偶像は神を想像して拝むための手段として発明されたものである。しかし、そのために偶像を取り入れてしまうと、偶像を拝むことが目的化されてしまい、教会組織運営の手段となってしまう。モハメッドの時代、キリスト教会は組織拡大の手段としてマリア像を拝む「マリア信仰」を用いていた。モハメッドは「マリア信仰」による教会の堕落を看破し、そうした偶像礼拝を禁じたのである。

3、キリストやモハメッドは預言者である。預言者の像や写真を拝むことは、神への冒涜であるだけでなく、預言者を絶対化して盲信することになり、別の新興宗教を産み出してしまう。あるいは、それによって生じた教条主義やセクト主義によって信仰全体がゆがめられてしまう。

4、偶像は物である。偶像礼拝は物を賛美することであり、人々の心を破壊し、文明を破壊する。経済至上主義という拝金主義は典型的な偶像礼拝の症状である。

 さて、これらを踏まえたうえで、具体的なわかりやすい例を述べよう。

 1995年にオウム真理教の麻原彰晃らが逮捕されたときのテレビ画面を思い出していただきたい。

 頭にヘッドギアをかぶった白装束の信者達。サティアンと呼ばれた異様な建物の群れ。それらの建物内に貼ってあったおびただしい数の麻原彰晃の顔写真。

 評論家達はしきりに、信者達がサブリミナル効果や薬物によって「洗脳」れていることを指摘した。しかし、サブリミナル効果以上に、信者達の心をだめにしていたのが偶像礼拝による催眠効果なのである。

 信者達は麻原が説く教えのいずれかに興味を持ってこの教団に入った。そこに待っていたのは、麻原をあたかも神のごとく敬う世界だった。麻原を頂点とした意味不明のヒエラルキー(階層)の階段を上る修行システムだった。

 こうしたシステムは信者の判断力を奪い、「盲信」というメカニズムを発生させる。

 信者達は、組織の頂点に君臨しているこの男を、「最高の悟りに達した存在だ」と勘違いして、一歩でもそこに近づくために、壁にベタベタとこの男の写真を貼り、毎日拝み続けていたのである。

 評論家達はサブリミナル効果と考えているが、サブリミナルは条件反射を導くだけで「盲信」を発生させることはできない。信者自身が自分の意思で偶像礼拝の世界に飛び込むことで「盲信」が生まれるのである。

 映像文化が発展した現代社会では、偶像礼拝の初歩的な症状を容易に観察できる。テレビスターの「追っかけ」がその典型である。つまり、スター願望という催眠現象である。

 人は、地位の高い人や、有名な人の目前に行くと、あがってしまい、いいたいことも言えなくなりがちだ。つまり、知らず知らずに自分自身を相手よりも低い人間だと自己催眠をかけてしまった結果なのである。

「自分はそんなことはない」と言うむきも多いと思うが、いざ自分が入ったレストランの隣の席に、日頃テレビでよく観ている有名人が座っていたら、舞い上がってしまうのが人情であろう。つまりブラウン管の向こうの人は「特殊な人」で、自分を「普通の人」と考える思考が、社会的身分にまつわる自己催眠なのである。

 問題なのは、教祖になりたがる人よりも、自分を低い存在と考えて自己催眠にかかってしまう人の数が圧倒的に多いことである。

 あのヨン様を追いかける中年女性の群れを見ただけでも、私たちは肝を潰してしまうが、宗教団体に集まって偶像礼拝をする人々の「追っかけ」のエネルギーは、ヨン様「追っかけ」の物の比ではない。誰にも止められない怖さがある。

 オウム真理教の捜査のあと、警察庁の幹部からこういう言葉を聞いた。

「オウム真理教壊滅のために全国の警察官5万人を約一年間投入しなければなりませんでした。全警察官の3分の1以上の数です。そのためにどこの警察署でも仕事の量が増えて、過労死した仲間もいるほどです。たかだか信者数1万人の団体の取り締まりに対して、警察力の限界ぎりぎりでやっと対応できたと言うのが実情です。つまり、これ以上大きな不法集団が出現したら、日本の警察力では対応できないと言うことが、はっきりとわかったのです」

 オウム真理教のような小さな教団ですら、偶像礼拝のメカニズムを利用して、これだけ大きなインパクトを与えるのである。

 モハメッドはそのことを良く知っていたからこそ、偶像礼拝に対してはことのほか厳しく禁じているのである。

 そして全世界のムスリムは、モハメッドが説いた偶像礼拝の禁を堅く守り、モハメッドの肖像画も一切作ることなく、神への祈りを捧げ続けているのである。

■教条主義を生む偶像礼拝

 人間はあくまでも人間であり、等しく与えられている法則から逃れることは出来ない。悟りを得たから人間でないとか、奴隷であるから人間でないなどということは、まったくありえないことである。

 しかし、怪しげな宗教にそまって教祖を盲信してしまっている人は、その当たり前の道理を否定して、教祖を神にしてみたり、物質を御神体と呼んで神にしたりという偶像礼拝を開始する。

 この偶像礼拝は人間の心を荒廃させるだけではない。ドグマチズム(教条主義)を生み出し、セクショナリズムという社会的害毒を肥大させてしまうのである。

 このセクショナリズムのエネルギーというのは、とても大きいもので、いったん生まれると消し去ることができない。

 日本人の私たちにとっても分かりやすい例として仏教の例をあげよう。

 曹洞宗の開祖の道元は「正法眼蔵」の中で次のように語っている。

「釈迦の仏法を禅宗とか曹洞宗とか呼ぶのはあやまりである。その証拠に釈迦の時代には禅宗とか曹洞宗という名称はなかった。釈迦の正法をこういうふうに言うのは、悪魔の言うことであり、正法を受け継いだものの言うべきことではない」

 おそらく開祖が書いたこの文章を知らない曹洞宗の僧侶は皆無であろう。しかし、彼らが曹洞宗という名前を廃止する運動を起こしたことなど聞いたことがない。

 開祖に言わせれば現在の曹洞宗の僧侶たちは悪魔の正法を恭しく捧げている集団ということになる。いったんセクショナリズムが生まれてしまえば、消し去ることができなくなる。曹洞宗をその一例としてぜひ記憶しておいていただきたい。

 マホメットはカーバ神殿を奪還したのち、あらゆる偶像や屋台を放り出し、何もない純粋な祈りの場に生まれかわらせた。そして、それは今でも続いている。

 フレミング・ローズは、漫画を発表することで、良いムスリムと悪いムスリムを峻別する表現の自由を駆使したと思い込んだ。しかし、偶像礼拝のメカニズムを知らなかったために、イスラム教が依拠する信仰そのものを否定するというとんでもない過ちを犯してしまったのである。そして、本人はまったく気づいていないようであるが、その過ちは同時にキリスト教の否定でもあり、神そのものの否定にもつながっているのである。

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2006年05月21日

モハメッドの漫画の隠された意味(2)

さて、騒ぎの火付け役であるフレミング・ローズは、06年2月17日になって当のユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。

 かなりの長文だが要約すると次のような内容であった。 

「表現の自由を標榜する現在のメディアは、ムスリムへの恐れから、表現を自粛している。子供向けにモハメッドの伝記を書こうとした作家が、肖像画の描き手を捜したところ、みんな怖気づいてしまい、見つからなかった。イスラム教への批判を許さずに全体主義的な脅迫をわれわれに行なってくるムスリムに対し、表現の自由を知らしめるために漫画の掲載に踏み切ったのである。私の呼びかけに対し、12人の漫画家が応えてくれた。われわれは今までにあらゆる人々を風刺する権利を行使してきた、王室であろうとキリストであろうと風刺の対象としてきた。しかしモハメッドにだけそれができないというのはおかしい。人は平等である。これは表現の自由を守る戦いである」

■良いムスリムと悪いムスリム?

 偶像礼拝の意味を知らない人にとってはこの理屈は道理にかなっているように思える。しかし、これは偶像礼拝の危険さを棚上げにした理屈だ。

フレミング・ローズは偶像礼拝についてどう考えているのだろうか。
彼の文章からだけでは判断できないが、経歴を調べてみると、ロシア語の専門家でモスクワで学んだことがあるようだ。さらに現職の前に別な新聞のワシントン特派員の仕事をしている。恐らくそこで得た知己だろう。2005年初頭に再び訪米して、著名な中東専門家であるダニエル・パイプスを取材し、ユランズ・ポステン紙で紹介している。

 ダニエル・パイプスはユダヤ系アメリカ人で、アラビア語に堪能な中東評論家として著名だ。雑誌や新聞に、アメリカの民主主義と協調できるイスラム穏健派との連帯が必要だという主張を発表し続けている。それだけなら多少ましなのだが、アメリカを批判するイスラム学者の講義内容を学生達にスパイさせ、キャンパス・ウォッチというサイトに匿名の報告を大量に掲載し、テロを支持するイスラム学者だとしてふるい分けて、社会的制裁を呼びかける抑圧的な人物なのである。

 つまりローズは、こうした人騒がせなアメリカの中東専門家を、海を越えて取材に行くほど、ムスリムに対するある種の思い入れが強かったと言える。
 そうした思い入れを持つローズはどの程度、イスラム教を理解をしているのだろうか。

ローズが書いたユランズ・ポステン掲載の紹介記事が、当の取材対象のダニエル・パイプス自身のサイトに英訳されて掲載されていた。パイプスは、外国から記者が取材に来てくれたことがよほど嬉しかったのだろう。誰かがボランティアで訳したものを入手し、わざわざ専門家に頼んで、校正の手を加えてもらっている。

それを読むと、フレミング・ローズのイスラム教理解はがっかりするほど表層的なものであることがわかる。複雑なイスラム教世界を単純に、原理主義過激グループと穏健派ムスリムのふたつにわけてしまい。パイプスを、穏健派ムスリムを支持するアメリカの良心だと紹介しているに過ぎないのである。

■表面だけからのイスラム理解

 この程度のイスラム教理解では、ローズが偶像礼拝というイスラム教の存続にかかわる問題を理解するのは無理だ。ローズは偶像礼拝の意味がわからずに、原理主義過激派ムスリムに対する単純な苛立ちからモハメッドの漫画12点を掲載するという挙に出たと思われる。その結果、本人は大勢の「良いムスリム」がモハメッドを揶揄した漫画に賛同してくれると思ったようだ。本人は表現の自由を奪われたムスリムを救ったつもりでいたに違いない。

 ところが、ムスリムからの反応は、みなさんご承知のとおりだった。ローズは今回の行為がムスリム全体をバカにした行為であるということに気づかなかったのである。

 つまり「日本人は皆バカだ」とか「仏教徒は皆バカだ」と言い切ることと同じようなナンセンスをローズは行なってしまったのである。そして、その行為を表現の自由をまもるためだと言い訳してしまったのである。

 しかし、ローズがイスラム教の基本に対して無知だからといって彼ひとりを責めることはできない。偶像礼拝を原則的に禁止している全世界のキリスト教徒たちも、この問題をおざなりにしているからだ。ルーテル福音派を国教とするデンマークだが、ローズも偶像崇拝の本当の意味などを知ることもなく、自分が生まれたそのデンマークの価値観が世界に通じると思って育ったのであろう。

■アニミズムと偶像礼拝

 日本では偶像礼拝がどういう意味を持つものであるかが、ほとんど知られていない。聖書の中にこの言葉が記述されていることが知られている程度だ。

 言葉そのものから連想されるのは「人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むこと」といった概念であろう。

 人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むのは、大昔から世界中に存在しているアニミズムやシャーマニズムから来たものが大部分で、偶像礼拝のような積極的な「神への冒瀆」行為を伴わないことが多い。

 たとえばビリケン像や仙台四郎を「商売繁盛の神様」として拝んだり、招き猫を店の入り口に置いて客が来ることを願ったり、あるいは龍や狐のお札をお守りとして事故や災難に遇わないように祈願する行為などが偶像礼拝だと思われている。

しかし、こうした行為はアニミズムやシャーマニズムの古くからの伝統の名残りであり、そこには神を冒涜するという意思は希薄である。来日するムスリムにそうした物を見せたり案内しても、偶像礼拝として目くじらを立てた人には出会ったためしがない。

 事実、どのイスラム国家にも昔からのアニミズムやシャーマニズムの伝統がある。私たちに身近なインドネシアやマレーシアなどのイスラム国家では、昔から伝わるお守りや像などが、どの町でも売られている。そのことに誰かが目くじらを立てたという話は聞いたことがない。

 しかし、もしインドネシアやマレーシアのみやげ物屋で、キリストやマリアの聖像が売られていたとしたらどうなるだろう。大変な騒ぎになるに違いない。
 偶像礼拝はこうした宗教そのものと関連したある種の意思を伴う、背信行為を差すのである。
 
では、偶像礼拝とは何なのだろうか。

■モハメッドの肖像画はなぜ作られないのか
 
偶像礼拝そのものをテーマにした映画が、ムスリムの映画監督によって作られたことがある。1976に全世界で反響を呼んだ「ザ・メーセージ」という映画である。監督はムスタファ・アッカド。シリア人である。

天使ガブリエルによって啓示を得たモハメッドは、神の使徒として、人々の平等と社会腐敗改革のための正義を説き、共鳴者を増やしていった。しかし、メッカの大金持たちにとって、モーゼの十戒をきちんと守ろうとするモハメッドの教えは受け入れられないものだった。カーバ神殿は、さまざまな宗教の教祖や動物の偶像を祭り、多神教を商売として繁栄していた。その反映を神の名のもとに否定されれば、生活の基盤を失うからだ。

そこで、彼らは、モハメッドとその仲間たちに過酷な仕打ちをし、弾圧に出た。次々に仲間や家族に拷問を加え、さらにモハメッドの人種平等思想を信奉する黒人奴隷を石の下に敷いて殺した。

メッカでの伝道を断念したモハメッドたちは、北方の町メディナに移り、再起を図った。そしてついにメッカを奪還し、偶像礼拝を一掃し、カーバ神殿を神の聖堂として回復させたのだった。

だいぶ前の映画なので、細かいストーリーは忘れてしまった。しかし、メッカに凱旋したモハメッドたちの兵士である元黒人奴隷が高らかに「アッラーは唯一の神なり」とコーランを朗詠するのが、とても印象的な映画だった。さらに、もうひとつ印象的だったのは、モハメッドが持っていたと思われる杖が砂漠の真ん中に立っていて、ナレーションとコーランの朗詠が重なる場面だった。

さて、問題のポイントについて述べよう。

この「ザ・メッセージ」はモハメッドの生涯を描いた大作であるにもかかわらず、主人公であるモハメッドは一切登場していないのである。

それでは、なぜモハメッドに扮した俳優が映画に登場しないのであろうか。

それは、モハメッドを神の化身と勘違いしてしまう人々の出現を恐れるからである。つまりモハメッドの肖像を拝んでありがたがる人々の出現を恐れるからである。

モーゼもキリストもモハメッドも、偶像礼拝をはっきりと禁じている。恐らく、彼らの時代には偶像礼拝の弊害が理解できる社会背景があったのだろう。

 しかしいま私たちが聖書を読んでも、「なぜ偶像礼拝がいけないのか」という理由を理解するのはとても難しい。コリント人への手紙の第10章でパウロが葡萄酒や捧げ物のたとえをしながら、なぜ偶像礼拝がいけないのかを長々と説明しているが、私たち日本人にはとんと理解できない。背景の文化が皆目わからないからだ。

コーランの記述は聖書よりはわかりやすい。「あなたがたと,あなたがたの祖先が命名した偶像の名に就いて,アッラーが何の権威をも授けられないものに就いて,あなたがたはわたしと論争するのか(7章71)」などの記述で、偶像は神とは無関係な張りぼてであるということを繰り返し説いている。しかし、ムスリムにはこうした記述がピンと来るのだろうが、われわれにはとてもわかりにくい。

■神でないものを神にするメカニズム

さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。

私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム(聖職者)を紹介してもらうこともある。

ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金科玉条として生きているのだと思われているが、こうした質問をすると、多様な答えが返ってくるので面白い。

さて、偶像礼拝に関する質問への彼らの答は、おおむね次のように要約できる。
                              (つづく)


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2006年04月14日

モハメッドの漫画の隠された意味 (1)

デンマークの新聞ユランズ・ポステンが、イスラム教の預言者モハメッド(ムハンマド)を風刺する漫画12点を掲載し、世界中のムスリム(イスラム教徒)に怒りの火をつけた。
 西側各国のいくつかの新聞社もこの騒ぎを増幅した。ユランズ・ポステンの風刺画を新聞に転載して、表現の自由を守るべきであるという論陣を張り、さらに世界のムスリムたちを怒らせた。

 挙句の果てには06年2月23日、デンマーク国内の報道機関に授与される「ビクトル賞」がユランズ・ポステン紙に授与された。表現の自由を守ったというのが、その理由だ。
 さて、9・11以降、世界はとても危険な状態になってきている。
 そうした中で起きたデンマークの有力紙によるイスラム社会への挑発は、何を意味するのだろうか。

■イスラム社会全体への挑戦

 モハメッド「らしき」人物の漫画を描き、その漫画をテロリスト風に描写した今回の行為は、ムスリムの感性そのものに暴力的に突き刺さり、ムスリムたちの心をズダズダにすることになった。

 なぜそうなったかを、ムスリム以外の人が理解することはとても難しい。しかし、私たちが理解するためのキーワードはたくさんある。

今回の事件で強調されている「預言者」「肖像画」「偶像礼拝」などの一連のイスラム用語が、私たちの理解を助けてくれるのである。
 私たち日本人は平和運動に熱心であり、世界の人々の核の恐ろしさに対する無知にもかかわらず断固、広島と長崎の経験と悲劇を伝え続けてきた。

 実は、今回のユランズ・ポステン紙による挑発は、そうした私たちの平和への願いをも吹き飛ばしてしまうかも知れない、恐ろしい行為なのである。
 つまり、ユランズ・ポステン紙のくだんの文化部長は、イスラム教が封印し続けてきた「パンドラの箱のふた」を開けてしまったのである。
 
今回の事件、というよりも挑発に対して世界中のムスリムが怒ったのは、モハメッドをテロリストになぞらえた漫画が掲載されたからだと思われている。しかし、ムスリムたちはそのことに怒っているのではない。モハメッド「らしき」人物の漫画を12点も「これでもかこれでもか」と並べることで、ムスリムの感性を逆なでにし、神への最大の冒瀆である偶像崇拝というタブーを揶揄したことに対して怒っているのである。

 同じジャーナリストとして、この漫画を掲載した文化部長の行為をとても残念に思う。と同時に、この記者が行なった行為がどういう意味を持っているかということを、わかりやすく説明するのが難しいことに気づいた。しかし、今回の行為の意味、とくに偶像礼拝の意味をわかりやすく解説している人が、ほとんどいないので、拙いながらも、あえて書きしるすことにした。

 これは、人類の心と宗教全体、そしてこれからの世界平和に関連したとても大事なことなのである。 


■表現の自由という勘違い

 ユランズ・ポステンは1871年に創刊された古い新聞であり部数は約15万部、日曜版が約20万部で、デンマークでは最も大きな有力紙とのことである。

 論調は創刊時から右派的で、今回の風刺漫画事件についても、掲載された05年の10月にはデンマーク国内のムスリムから抗議が殺到したものの、それに動じる様子はなかった。

 しかし翌06年の1月になって、風刺漫画掲載の事実が海外に報じられ始め、世界各国に抗議活動が広がり、同紙はあわてふためいた。

 とりあえず編集局長が「ムスリムの感情を害する意図はなかった」と謝罪し、漫画を掲載した当人である文化部長のフレミング・ローズを担当から降ろした。しかし、軽微な処分を受けただけのローズは、海外のメディアとコンタクトを取って、「表現の自由を守る」という口実で、騒ぎを大きくする工作をしていた。

 最初は西側の新聞がなぜ、ユランズ・ポステンの漫画を積極的に載せてムスリムの怒りに火をつけ続けていたのかがよく分からなかったのだが、文化部の担当を降ろされたローズが積極的に内外の記者や学者と連絡を取り始めた結果だった。どうも、世界中のムスリムを敵に回して騒動を拡大したがっているようだ。真意は、どんなところにあるのだろうか。

 2月17日になって当のフレミング・ローズがユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。

 本人の説明は、おおむね次のようなものである。

(つづく)

       初稿06年3月

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2005年10月02日

国際盗聴網があなたをねらっている(3)

◆日本も傍受されている

さて、日本はエシェロンの傍受対象にされているのだろうか。

ハーガー氏の指摘によれば、特に外交文書がかなり傍受されているという。エシェロンの各国の傍受基地が日本の情報の何を盗み取るかということについては、地域ごとに分担が決まっている。

日本政府が太平洋地域で展開している貿易、海外援助、漁業などの政策や、国際会議などの情報を扱うのは、ニュージーランドの担当である。

日本大使館は通信内容の機密の度合いに応じて、暗号を区別し、主としてテレックスでのやり取りをしているという。難易度の低い暗号が使われた場合は、ニュージーランドの傍受基地の分析官は、難なくその内容を読み取ることができるという。

ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)が傍受する日本大使館の電文は、ビザの発給や文化行事、あるいは定期外交報告などであり、こうした文書は機密扱いではないので、傍受が簡単なそうである。しかし、一見なんでもないような内容から日本政府の外交方針を読み取るのが、分析官という高度な訓練を受けたスパイの仕事である。

また太平洋地域の在外日本公館は、外務省と衛星通信で連絡しているので、ニュージーランドが日本の太平洋地域の情報を盗むことは困難だった。

◆甘く見られている日本発の通信

ところが1989年にニュージーランドのワイホバイという場所に通信衛星専門の傍受基地を設置し、日本大使館の情報を読み取れるようになった。これらの電文を分析した日本発の情報にはJADという符牒がつけられ、エシェロン各国の諜報機関に供給する作業が開始された。

ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)では分析官たちが通信内容ごとにデータを仕分けし、翻訳する。これをエシェロンの共通書式に従って「最高機密」「機密」などに分類する。日本語の情報を傍受するためにはコンピューターのシステムに日本語を組み込まなければならない。この作業はアメリカのNSAが行い、さらに傍受用の特殊なプログラムを開発して、ニュージーランドに持ち込んでいる。

JAD情報は一般的にはたいくつ極まらないものばかりで、ほとんど役に立たないそうだが、日本の役人はときどき油断して「お宝」情報を漏らしてしまうことがある。

語り草となっている話として80年代初めの出来事がある。日本のある外交官が貿易産品の価格交渉での買い入れ可能上限額を、日常連絡用の外交文書で送ってしまったそうである。その結果、ニュージーランド側の食肉団体が大儲けをすることができ、GCSBの存在価値がおおいに認められることになったそうだ。

日本語を傍受する部署はK部と呼ばれる部局にある。K部にはKP課とKE課がある。

Kの意味は単なる部署記号らしいが、Pは太平洋州の意味で、KP課は太平洋諸島国家の政府活動やフランスの核実験の監視を行っている。Eは経済の意味で、KE課は南太平洋の日本の外交通信、ロシアと日本の漁業、さらに南極圏の各国の経済活動を監視している。

またニュージーランドで傍受できない情報に関しては、アメリカが三沢基地に保有している通信傍受施設からも供給され、日本語に強いスタッフが常駐しているニュージーランドのGCSBで分析作業が行われているようである。

したがって、日本が見張られているのは、むしろ外交活動よりも経済活動であると考えたほうがいいだろう。

その意味で、エシェロンは外務省の文書や電話だけでなく、数多くの日本企業の動向を探っていると思われる。つまり、私たちが日常的に利用する電子メールや国際電話も、傍受されていると考えて間違いがないであろう。


◆ 国際盗聴網にどう対応すればいいか

もちろんエシュロンのような不法な活動は、法的にはどの国の法律にも違反する活動であろう。国を越えた諜報活動は、アメリカや英国の国内法にも違反していると思われる。

ところが肝心のアメリカですら、NSAは下院情報委員会からの資料提出要求を、諜報の秘密を理由として拒否する始末で、アメリカ国内での告発活動もままならないようだ。こうした活動に目をつぶる歴代の政権に庇護されながら、NSAはその活動内容を一向に公表しようとはしない。

アメリカには諜報機関が13もあり、お互いの組織が競争活動をすると同時に、スパイ機関同士の組織温存をはかるために、お互いに助け合うということも行っている。
代表的な諜報機関としては、NSAを筆頭に、CIA、DIAなどが有名だ。13の諜報機関をあわせた職員数は20万人程度と推定され、年間300億j程度の予算が全体に配分されていると思われる。

CIAなどの古くからの諜報機関は秘密活動を伴なうスパイ活動を行っていることは広く知られているが、NSAの職員は人前にその姿を表わさない。あくまでも、コンピューターを使った盗聴活動と、暗号解読活動を専門としているので、なかなかその実態が表に出ない。

さて、日本に住んでいる私たちは、この不法な国際盗聴活動にどう対応したらいいのであろうか。

日本国憲法21条では「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めており、それを受けた電気通信事業法四条では「電気通信事業者の取り扱い中にかかる通信の秘密は、侵してはならない」とされ、違反者には2年以下の懲役又は50万円以下の罰金が課されることになっている。

三沢基地の米軍傍受施設が行っている盗聴活動から、具体的な盗聴の事実を証拠としてあげるのはなかなか難しい仕事だと思われるが、アメリカの市民団体の協力があれば、退役軍人などから具体的なデータがもたらされる可能性がないわけでもない。

また、アメリカの市民団体は、NSAの分析活動に混乱をもたらすために、NSAが使うキーワードを大量に打ち込んだ文書を電子メールで流し、NSAのディクショナリーに過剰負担を起させようと呼びかけた。呼びかけたのはアメリカの弁護士リンダ・トンプソン氏である。

トンプソン氏は、効果的なキーワードとして、次のようなものをあげている。一部を紹介しよう。

「米連邦捜査局(FBI)、米中央情報局(CIA)、米国家安全保障局(NSA)、米国税庁、アメリカ教育連盟、米国防総省、オクラホマシティー、 拳銃、テロリズム、爆弾、薬物、特殊部隊、憲法、権利章典、ホワイトウォーター、イランコントラ、モサド、米航空宇宙局、英国諜報部、ロンドン警視庁、マルコムX、革命、ヒラリー、ビル・クリントン、ゴア、ジョージ・ブッシュ」

トンプソン氏の呼びかけが功を奏したのか、ZDネット日本版が2000年1月30日に興味深いニュースを配信している。

「米国家安全保障局のコンピューターに障害――原因は大量傍受による過負荷?」と題した記事によれば、NSAのコンピューターシステムが「深刻な」障害に見舞われ、1月24日から3日間にわたって諜報データの処理に支障をきたした。

 NSAはメリーランド州フォートミードにある本部のコンピューター復旧のため、数千人時にも及ぶ技術者の手と、150万jの費用を費やしたという。NSAの記者発表によれば、「この障害によって、収集した情報そのものが影響を受けることはなかったが、情報の処理には支障をきたした。情報処理のバックログはほとんど完全であり、NSAでは重要な情報が失われたことはないと確信している」ということだ。

またこのNSAのコンピューター障害を最初に報道したABCニュースによれば、NSAディレクターのマイケル・ヘイドン米空軍中将は「今回の問題はYK2関連のものではなく、大量の情報を傍受したことによるコンピューターシステムの過負荷が原因だと」述べている。 (註:YK2=2000年に起きるとされたコンピューター誤作動の問題のこと、実質的には杞憂に終わった)

こうしてNSAに対する批判は、海外だけでなくアメリカ国内でも高まっており、NSAは少しずつ情報公開をせざるを得ない立場に追い込まれている。

その第一歩としてNSAは10年ほど前に「国立暗号博物館」を本部の敷地のはずれに設けている。また最近では「オープンドアー・プロジェクト」なるものを発足させ、ホームページを開設し、第一次世界大戦から第二次世界大戦にいたる期間の諜報文書を公開している。

しかしNSA本部自体は誰も入れないドアにさえぎられている。国際盗聴機関がはるか上空のかなたから、コンピューター技術を利用して私たちを監視する時代は、いつまで続くのだろうか。              (了)

★初出「月刊公評03年12月号」 加筆05年10月


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2005年09月19日

国際盗聴網があなたをねらっている(2)

◆盗聴はキーワードで分類して取り込む

エシェロン国際盗聴網が行っているのは、海底ケーブルと通信衛星から漏れる通信を特殊機器で収集し、コンピューターに蓄積し、必要な情報を翻訳・分析するのが主な作業である。

電子メールのような文書情報だけでなく、電話による音声情報もデジタル化して収集している。電話番号や、話している人物の名前や声紋を探ることで、特定の情報をアクセスすることができるプログラムが利用されているようだ。

こうした文書と音声情報が、UKUSA同盟各国の秘密基地にあるディクショナリーと呼ばれるコンピューターに分類して蓄積される。

蓄積する場合には、私たちがパソコンで行っている検索方法と同じように、いくつかのキーワードごとに分類する。例えば日本の農業に関することなら「日本」「農業」「輸出作物」など、諜報活動に必要と思われるキーワードにもとづいて大量な文書がため込まれる。

NSAの指示にもとづいて、各国の盗聴機関の分析官と呼ばれる職員がこれらの文書を解読、翻訳し、その結果がワシントンのNSAに集約されるシステムとなっているのである。

ニュージーランドの基地は、地勢的位置を利用して、太平洋諸島の国々や日本、あるいはロシアの船舶などの通信を主として手がけている。日本語の文書を英語に翻訳してワシントンに届けるのもニュージーランドの担当である。

ニュージーランドという独立国家が、なぜアメリカのスパイ作業に協力するのかという大きな疑問が生じるが、この秘密ネットワークはニュージーランドの為政者が知らないうちに、米国やオーストラリアから調達された機器を元にして、あたかもニュージーランド軍のための諜報機関を装って作られていたのである。

つまり、米、英、カナダ、オーストラリア、それにニュージーランドの諜報官僚たちが、国境を越えて、政治家たちに知らせることなくちゃっかりと築き上げたのが、このエシェロンという諜報網なのだ。


◆米国NSAがエシェロンの指令基地

ハーガー氏(前回の記事参照)の著書に敏感に反応したのが欧州の国々であった。EUは調査委員会を発足させ、二〇〇〇年七月、エシェロン国際盗聴網の調査を開始し、2001年7月に公式の報告書を発表した。

この報告書によって、エシェロンという符牒で呼ばれる国際盗聴網が存在するということがはっきりした。

エシェロンに所属する機関は次のとおりである。米国安全保障局(NSA)、英国政府通信本部(GCH)、カナダ通信保安庁(CSE)、オーストラリア防衛通信本部(DSD)、ニュージーランド情報通信保安局(GCSB)である。

エシェロンの各国機関にはディクショナリーと呼ばれる大型コンピューターが、窓のない完全空調の建物に設置されており、盗聴対象項目のあらゆるキーワード、個人名、電話番号などを蓄積している。電子メールや短波通信を大量に傍受して溜め込み、各国機関が協力してそれらの文書や通信を翻訳する。

また、暗号の解読技術も極めて高度に発達しており、各国が大使館とやりとりする暗号などのかなりの部分を解読している模様だ。


◆人権団体をも監視か?

EUの調査委員会は、特にエシェロンが各国の経済情報や人権団体の活動を傍受していることに注目している。つまり、エシェロンは軍事関係の諜報だけでなく、経済動向も調査して米英に有利な取引を行ったり、各国の人権団体の動きも監視している可能性が極めて高いのである。

NSAが他国の機関に命令している例のひとつとしてハーガー氏は、03年3月に興味深い文書を入手し、日本の読者のためにその秘密文書を公開している。この文書は英国のオブザーバー誌がすっぱ抜いたものだ。

NSAのフランク・コザという名前の職員の署名による、おそらく英国の諜報部に向けて出したと思われる「最高機密」と指定された文書である。

この文書には、次のような内容が記されている。
「NSAは米国と英国を除く国連安全保障理事会のメンバーが、イラク問題に対してどう考えているのが、どういう態度で決議にのぞむのか、どういう国々と連携しているのかなどを探る作戦を開始した。これはアメリカの政策を有利にするための作戦であり、同時に国際社会の関心をパキスタンに向かせる作戦とも連動している。特に、国連安全保障理事会メンバーであるアンゴラ、カメルーン、チリ、ブルガリア、ギニアを標的として作戦を実行すること。国務長官が国連安全保障理事会に証拠提出をするので、来週半ばあたりに多くの文書が飛び交うだろう。これらの国を対象とした傍受・分析作業に集中して欲しい」
というものである。

つまり、アメリカのイラク侵攻を正当化するために、各国の諜報機関はアメリカ政府に協力せよというのだ。

この文書からわかるのは、私たちが知らないうちに、アメリカ政府はアングロ・サクソンだけの連合国を秘密裏に形成し、その盟主として諜報機関を通じて、国際世論操作を行っているようだ。

さて、EUはエシェロンにどう対応したのであろうか。
まずEUは調査委員会を設置する前に、ダンカン・キャンベル氏という英国のテレビ・ジャーナリストに調査を依頼した。

キャンベル氏は2年かけてハーガー氏の書物の裏付け調査をし、エシェロンがハーガー氏が指摘しているとおりに存在していることと、アメリカの企業がエシュロンを利用してEU企業を国際入札で追い落としたことが二回あるとの調査結果を発表した。

これを受けたEUは三十二人のメンバーによる調査委員会を発足させ、2001年5月にはワシントンを訪れ、NSA当局との面談を要求している。しかしNSAはこの面談の要求を拒否している。にもかかわらずEUの調査委員会は詳細にわたる報告書を完成させ、UKUSA五カ国による国際盗聴網を阻止する行動をとらなければならないという提言をまとめている。

特に英国に対するEU諸国の怒りは相当なもので、フランスがあくまでもアメリカのイラク侵攻に反対するのには、こうしたバックグラウンドもあるということも、考えておく必要があるであろう。

しかしながらエシェロンに対するEUの怒りは、むしろ盗聴によってEU企業の国際競争を阻害しているという点からきているようで、明確な国際法違反である盗聴活動に法的対抗措置を採るという動きには、今のところ発展していない。むしろ、フランスがこのシステムに逆に興味を持ち、自前の国際盗聴システムを構築しようとする動きさえ見せている。

エシェロンはどんな国や団体を対象に、何の目的で傍受作業をしているのだろうか。エシェロン・ウォッチャーによれば、有名な例としては、ジョン・レノン、マザー・テレサ、ダイアナ元皇太子妃などの名前があがっているが、真偽のほどは定かではない。しかし、NSAの元職員などが断片的に伝えているこうした有名人の名前から、米英に対する反体制運動に結びつきそうな人物の通信が、積極的に傍受されていることは間違いがないようだ。(つづく)

★初出「月刊公評03年12月号」 加筆05年9月

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