2005年09月04日

国際盗聴網があなたをねらっている(1)

みなさん、
ここしばらく人身売買問題の取材に集中しており、アジア・ジャーナルの更新の時間が取れませんでした。ごめんなさい。みなさんに新しい情報をお届けするために、既出雑誌の出版社に転載のお願いをしています。新しく掲載したものは、すぐには無理ですが、少しずつクリアしていこうと思います。
今回は、一時世界中で騒がれたエシェロン(新聞ではエシ(ュ)ロンと報道されていますが、米国の諜報網なので、ここではエシ(ェ)ロンとします)について、復習してみます。
―――――――――――――――――――――――――――――

◆いまだに健在なエシェロン国際盗聴網

アメリカが中心になって第二次世界大戦の頃から形成してきた国際盗聴網「エシェロン」が、2000年に世界的に知られるようになり、大きな問題になったが、最近はまったくこの件に関しての報道が見られなくなってしまった。
しかし、決して国際盗聴網がなくなったわけではない。
ワシントン郊外の国家安全保障局(NSA)に本部を置くこの国際盗聴網はいまだに健在であり、堂々と諜報活動を続けている。
この盗聴網のしくみについてまだ知らない人のために、その概要について簡単に解説してみよう。
国家安全保障局(NSA)はワシントンDCに隣接したメリーランド州フォートミードに本部を構えている。創設されたのは1952年だが、その前身は1930年代にさかのぼる。
第二次大戦前の米軍は、ドイツを中心とした枢軸国に傍受されないよう、英軍との間でA3と呼ばれる暗号コードを使って、短波通信によるやり取りをしていた。
その後1935年に、この暗号コードはボコーダーと呼ばれる音声合成システム置き換わり、デジタル技術に直接結びつく音声暗号システムに変化して行く。
枢軸国の側は乱数表を使ったモールス信号と短波信号を中心に相互通信を行っていたが、米英側はすでに枢軸国側の暗号を傍受する技術を完成させていたようである。
ワシントンで人気の高いスパイ博物館に行くと、当時の連合国と枢軸国側の傍受の歴史が展示されていて興味深い。この博物館には世界中の有名なスパイや、スパイの小道具が展示されており、伊賀忍術の創始者といわれる百地三太夫も、日本の諜報員のひとりとして展示されている。
真珠湾に関する展示コーナーでは、アメリカは真珠湾攻撃に関連した日本側の暗号をすでに解読していたが、場所が特定できなかったので大きな被害を受けたと解説されている。
つまり、米英軍は第二次世界大戦の当時にはすでに現在のデジタル技術に道を開くシステムを完成させていたと同時に、乱数表などを使った敵国の暗号の解読技術を高度に発展させていたのである。
第二次世界大戦が終結すると、米英軍が傍受する対象は共産圏の動きに変化していった。
1952年には、アメリカの国家安全保障局(NSA)と英国の政府通信本部(GCHQ)が、新たに生まれた冷戦の動きに対応するために、相次いで設立されている。

◆ アングロ・サクソン盗聴同盟

米英が相次いで盗聴組織を作ったのには伏線がある。第二次大戦の最中にアメリカと英国は、英米安全保障協定(UKUSA)と呼ばれる秘密協定を結んでいた。
英語でユークーザと発音されるこの同盟は、最初は英米間の秘密協定だったようだが、いつしかカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの三カ国を含めたアングロ・サクソン国家による国際盗聴同盟に発展していった。
しかし、この国際盗聴同盟は1996年までは国際社会にまったく知られることがなかった。
ニュージーランドのジャーナリストがちょっとしたきっかけから、国際盗聴同盟の支部がニュージーランドに存在することに気づき、慎重な調査をして、その存在を告発した。当時のニュージーランド首相すらその存在を知らなかったほど、国際盗聴同盟は秘密のベールにつつまれていたのである。
当初、米英の盗聴機関はアジア太平洋の情報を盗聴するために、三沢、香港、シンガポールの三カ所に秘密基地を設けて傍受活動をしていたようだが、米英から遠すぎるので、オーストラリアとニュージーランドにもひそかに、傍受基地を設けることにしたようだ。
たまたまニュージーランドのタンギモアナ基地の近所に住む友人を訪ねてきたオーエン・ウィルクスという平和問題の研究家が、その基地に設置されていたアンテナの形状が、盗聴用の傍受専門のアンテナであることに気づいた。
ウィルクス氏は、この傍受基地の建設のいきさつなどを調べ、1983年、ニュージーランドの平和問題研究誌に記事を書き、秘密傍受基地が存在することを告発した。
この告発によって、秘密傍受基地の存在は国会でも問題になり、当時のマルドゥーン首相は、国会で秘密基地の存在を認めざるを得ないという騒ぎになった。
しかし、この秘密基地がUKUSA同盟に組み込まれた国際盗聴網であるということは、国会で答弁をした当のマルドゥーン首相すら知らなかった。

◆日本の三沢基地にも盗聴施設がある

そのことがわかるまでにはさらに、13年の時間がかかった。ウィルクス氏の記事に注目したジャーナリストのニッキー・ハーガー氏が、ニュージーランドに設置されていた秘密基地を慎重に調査し、この秘密基地がニュージーランドの主権を無視したアメリカの出先機関であるという驚くべき事実を突き止めて書物に発表したのは、一九九六年のことだった。
ハーガー氏による入念な調査報告書は世界中の人を驚かせた。最初はまゆつばだと思っていた人々も、ハーガー氏の十分に裏付けをとった調査を読み進むうちに、国際盗聴網の閉ざされた真実に気づき始めた。ついに欧州連合(EU)が腰をあげて調査委員会を設置。エシェロン(フランス語ではエシュロン)という符牒で呼ばれる国際盗聴網の存在が国際的に明らかになった。
日本での報道は、欧州連合の調査を受けて火がついたようだが、基本情報がはっきりしなくて盛り上がりに欠けてしまっている。
無理もない。この問題の全貌を告発したハーガー氏の著書が日本語に翻訳されたのは、やっと2003年の夏になってからだったからだ。
「シークレットパワー・国際盗聴網エシェロンとUKUSA同盟の闇」(ニック・ハーガー著、佐藤雅彦訳、リベルタ出版)というタイトルで翻訳されたハーガー氏の書物は、実に詳細な調査にもとづいており、読み進むほどに、その正確さにうなってしまう。調査報道による説得力の強さに誰しも驚くであろう。
本来なら、こうした重要な書物は原書が出ると同時に読んでおかなければならないのだろうが、いかに重要な書物でも骨の折れる原書にあたる時間はなかなか取れないのが現実である。
日本国内の三沢基地にも国家安全保障局(NSA)に情報を提供するためのアンテナ群が建てられていることが、ハーガー氏の書物でも詳述されており、アメリカによるこうした不法行為に対して、どういったアクションを採ったらいいものやら、考え込んでしまった。(つづく)

 ★初出「月刊公評03年12月号」 加筆05年9月

posted by 菅原 秀 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 民主主義とは何だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック

静かに進む開国
Excerpt: 私の住む田舎町は、人口2万人ちょっとの小さな町だ。二番目の娘は、小学校1年生に6歳。30名ほどのクラスには、ひとりの外国人がいる。両親とも外国人だ。 週末、市内にあるスーパーマーケットに買い物に行くと..
Weblog: Hotta World:: 「活・喝・勝」
Tracked: 2005-09-05 16:24
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。