2007年08月26日

コッチェビの涙(3)「金剛山」の楽団員たち

金剛山(クンガムサン)の観光センターには大きな劇場が設置されている。観光客に北朝鮮の踊りや劇を見てもらおうという趣向だろうが、入山料にセットされているようだ。しかし、この劇場で行なわれた平壌芸術団という出し物に、ひとつの歴史と和解へのキーが隠されていた。南北の憎悪の結果生まれた一つの物語。さて、どんな物語か。


▼金剛山のすごいオーケストラ

金剛山に入るには日本円で約5万円近くの入場料を納めなければならない。この入場料に、バスツアーとホテル宿泊、それに加えて温井閣(オンジョンガク)観光センターでのサーカス見学などが組み込まれているらしい。

北側ガイドが「さあ皆さん、これから平壌芸術団を観劇します。世界最高の技術を誇るセーフネットなしの危険なパフォーマンスが4時から始まります。会場に急いでください」とせかす。

1000人ほど入る大劇場に入ると朝鮮語と英語でしつこいほどの注意が開始された。
「上演中は決して写真を撮らないで下さい。団員たちは命綱もセーフネットもない状態で危険な技術をお見せします。写真を撮ることで彼らを危険にさらさないよう、お願いします」

やがて暗転。オーケストラの伴奏で、さまざまな空中サーカスが繰り広げられる。記者たちはフラッシュをオフにして、しきりに写真を撮り始めた。すかさずシャッター音を聞いた係官が飛んできて、制止する。また別の記者が写す。係官は必ずそれを見つけて制止に走る。

私たち記者団は大劇場の一番奥の方の座席に案内された。従ってわれわれのシャッター音は舞台に聞こえるはずがない。しかし係官たちは飽きることなくわれわれを制止し続ける。この国には公務員が何人でもいるらしい、記者の挙動をじっと観察しながら、こっそりカメラを構えるのを見つけ出すと、パッと飛んでゆく。

ハラハラさせるような曲芸は確かにすごいのだが、こうしたレベルのパフォーマーはどこの国にでもいる。しかし、先ほどから気になったのは、上手2階のオーケストラピットで演奏している20人ほどの楽団である。これが実に上手いのである。

かなり複雑なメドレーなのにもかかわらず、まったく乱れることなく緩急自在、日本に良く来日するボリショイバレーの楽団よりもずっと上手である。しかも急テンポのパソドブレや、裏ビートを強調したジャズ風のアレンジなども楽々とこなしている。音のダイナミズの表現は、ベルリンフィルにもひけを取らないほど完璧。3度と6度のハーモニーの幅を平均率より狭めているのも、アマチュアには決して真似の出来ない超一流のオーケストラの特徴だ。

出し物が代わるたびに、録音してある音楽と生演奏が入れ替わるが、その切れ目がまったくわからない。オーケストラ員が一人ずつフェードインやフェードアウトをして、観客に気づかれずに切り替えているのである。

圧巻は、ピエロのパフォーマンスの動きにぴったり合わせて音を完全に同調させる技術だった。ピエロが玉を受け取る微妙なタイミングでオーストラリアがユニゾン(全員同じ音を出すこと)で衝撃音を出す。

私は感心しなが、隣にいたテレビ記者に耳打ちした。
「彼らは音をシンクロさせるのにどんな技術を使っているんだろう。デジタル機器を持っているんだろうか。どこでコントロールしてるんだろう」
「いや古いオープンリール・デッキでシンクロ信号を流して、それを指揮者がヘッドホンで拾っているんだろう」

とにかく、私が知っている30年前のオープンリール録音機を利用した手段では、ここまでの同期演奏は不可能だ。

さてその秘密は夕方になってわかった。


▼KCIAの拉致が産んだユニサン・オーケストラ


現代峨山(ヒュンダイアサン)社が、記者団一同の歓迎パーティーを開いてくれた。幸いなことに私の席は現代峨山の副社長の隣だった。さっそくオーケストラのことを聞いてみた。

「曲芸よりもオーケストラの方が気になりました。北朝鮮にこんなにレベルの高い楽団があるなんて信じられません。彼らは南から来て出演しているんですか」
副社長はにっこり笑いながら言った。
「韓国にはこれだけのレベルの楽団はありません。この楽団は国際的に有名な平壌のユニソン・オーケストラです」
「え、ユニゾン・オーケストラ?」
「いえ違います。創始者の名前ユニサンを記念してこう呼ばれています。ユニサンの名前はご存知ですよね」

朝鮮語のリエゾン(繋ぎ音)に暗い私だったが、日本ではユン・イサン(尹伊桑)と呼ばれている著名な作曲家の名前を思い出した。

「昔ベルリンからソウルに拉致された作曲家の尹伊桑のことですか?」
「そうです。そのユニサンが金正日に資金を出してもらって育てたのが、今日あなたがたが聴いた楽団なのですよ。いや、気づいてもらって嬉しい。音楽の同期(シンクロ)の技術も、すべてデジタル技術に頼らずに行っているのですから、曲芸団員以上の繊細さを持っているのが彼らなのです。現代峨山では彼らを世界のヒノキ舞台に出したくて、その機会を作るために、できるだけ外国人にその音楽を聞いてもらう工夫をしているのです。」

30年ほど前のことだ、作曲家の林光や高橋悠治が中心になって尹伊桑の講演会を東京で行なったことがある。金大中が拉致される前の話である。その講演会で尹伊桑が暴いたKCIAのやり口と拷問は実に卑劣なものだった。

しかし当時の日本でも、そして韓国でも尹伊桑を広く支えようという運動は拡がらなかった。尹伊桑の数々の作品は、日本でもかなり評価されており、クラシックファンからすれば、神様のような存在である。にもかかわらず、彼が止むに止まれず訴えた韓国の抑圧政権に対する批判を、日本で大きく広げることはかなわなかったのである。

軍事抑圧政策が続く韓国に戻れなかった尹伊桑は、代わりに平壌を訪れ、同じ同胞にベルリンで学んだすべてを伝えた。その後、尹伊桑はベルリンに戻り、1995年に客死している。何の罪もないのにKCIAに拉致され、故郷を追われた彼に同情する声は韓国でも強く、政府に対して公式に名誉回復を宣言するよう、せまる声も強いそうである。

平壌で尹伊桑から直接音楽のすべてを、そのオーケストラの団員が未だに保持し、さらにその技術に磨きをかけていたのである。

副社長は語る。
「彼らの楽器はもうぼろぼろです。バイオリンの一級品などはとても高くて入手できません。もし海外のオーケストラと交流できたら、そして新しい楽器が手に入ったらどんなに素晴らしいことか。ぜひこのことを日本の皆さんに伝えてください」

(つづく)                 
 
posted by 菅原 秀 at 21:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 涙は止まるか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
菅原さんの提言を勝手ながら守る会ホームページで紹介させていただきました。意見の違う点はもちろんありますが、今はいろいろな立場から日本がもっとアジアの民主化のために何ができるかを考えるべき時と思います。

北朝鮮や韓国に対しても私と菅原さんはやや認識をこととすると思いますが、それはそれぞれの立場で、不毛な議論をするより、以下に独裁政権を民主化できるかを考えていければと思います。ただ、事実関係として、ここでのユン・イサンに対する記事については、触れておくべき点があると思い指摘させていただきますが、彼が下記のような事実上工作活動とみられても仕方がないことを行った形跡があることは、菅原さまもご存じのはずです。

呉吉男氏の著書「恨・金日成」から(3)家族からの手紙とテープ 
http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=00698

だからと言って韓国の行動がすべて正しいはずはないのですが、正直、ユン・イサンを単なる悲劇の弾圧の被害者とは言い切れないのではないでしょうか。
Posted by 三浦小太郎 at 2012年05月06日 18:04
三浦小太郎さん

守る会のホームページで私の記事を紹介してくださってありがとうございます。政府が言う民主化支援は絵に書いた餅になりがちなので、特に北朝鮮に関してはその実情を完璧に理解できる人がたずさわらない危険ですから、あえて民主化支援のはじめについて触れた次第です。

さてユン・イサンの件ですが、私はユン・イサンについては、昔、日本の左翼が交響曲「光州」を作り、韓国の民主化活動を支援した作曲家だと絶賛していたことを聞いた程度の知識しかありません。

もちろん呉吉男氏へのユン・イサンの対応についても、聞きかじったことがあります。

金親子に庇護され、やっと平壌で作曲家としての復権がかなったユン・イサンが、人の心を知ることが出来ないエリート意識に落ち込み、加害者の役割を果たしたことを呉吉男氏は、わかりやすく説明していますね。したがってユン・イサンを単純に韓国独裁政権による弾圧の被害者であると言い切ることは、もちろん三浦さんが指摘するように、一方的だと思います。

しかし、そうした歴史があったにしても、ユン・イサンが平壌に残した交響楽団は、今でも演奏を続けているのですから、南北関係を考えるうえでのキーになると思い、金剛山で聴いたその音と、当時の太陽路線の旗手だった韓国の現代俄山社から頼まれたメッセージを書いた次第です。
Posted by 菅原秀 at 2012年05月06日 20:19
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