2007年07月08日

コッチェビの涙(1) 北朝鮮の子供たちに愛を

▼切り札を持たない日本政府

拉致問題が広く知られるようになって以来、北朝鮮に対する私たちの印象はどんどん悪くなってきた。決死の覚悟で豆満江を渡る脱北者たち。飢えに苦しむ子供たち。寒空で餓死し道端に倒れている若者たち。北朝鮮から密かに持ち出される映像に、私たちは思わず固唾を飲む。「こんなとんでもない軍事政権が倒れない限り、北朝鮮の人々は救われない」と誰しもが思う。

しかし、どうすればいいのか? 

私たちは、日本政府になんとかして欲しいと考える。しかしその政府も、6カ国会議の合意に対して「拉致問題の進展が得られるまで、エネルギー協力には不参加」と表明している。

拉致問題が解決済みだ」と主張している北朝鮮に対して、日本はそれを進展させることができる切り札を持っているのか? 膠着した状態の中で、家族はあと何年待てばいいのか。解決のためには、北側の心をしっかり捕らえる心理戦が必要だが、政府に何らかの準備があるのだろうか。

この間6カ国協議では、この問題で頑なだった中国とロシアが動いた。また韓国には今までの対北朝鮮宥和策に加えて、徐々に人権問題を取り上げる動きも見え始める。南北統一という課題を達成の悲願を持つ当事者だからこそ、真剣そのものである。

まず、北朝鮮問題を考えるためには、南の人々。つまり韓国人が何を考え、どんな動きをしているかを知ることから開始しなければならない。北朝鮮を動かす力が最も強いのが、同じ言葉を使っている南の人々であるという事実をよく考えずに、北朝鮮を論じる学者や評論家がたくさんいる。

私たちは、当事者の実情や感情を考慮することのないそうした偏狭な論陣に耳を貸す必要はない。大事なのは、北朝鮮問題に韓国がどう対応しているか、さらに世界各国がどう対応しているかを知ることだ。少なくとも、韓国の政治と世論の動きを踏まえずに、この問題で駒を進めるのは、危険極まりないことを理解すべきである。


▼07年3月、大勢の西側ジャーナリストが38度線を越えた

今年の3月、世界65カ国から集まった138人のジャーナリストが、4台の大型バスを連ねて、韓国と北朝鮮を分断する38度線を越えた。目的地は朝鮮半島の東海岸、38度線を越えてすぐ北側にある金剛山(クムガムサン)だ。

2千の峰々を持つというこの金剛山は、金剛経を出典として名づけられ、四つの名刹(めいさつ)を持つ仏教修行地でもあった。在日も含む韓国・朝鮮人にとっては「一生に一度は行ってみたい」という憧れの景勝地で、古来、多くの詩人がその景勝の素晴らしさを詠い、数多くの水墨画が描かれてきた。

500頭の牛を連れて板門店を越えて平壌を訪れた現代(ヒュンデ)グループの鄭周永(チョンジュヨン)会長が、金正日と合意して金剛山の観光特区開発に着手したのが1998年。彼はここから40キロ南の通川(トンチョン)という村の生まれで、この地にはとりわけこだわりを持っていた。80歳を越える高齢だった鄭会長は、五男のチョンモンホン鄭夢憲氏に北朝鮮での開発事業を委任し、現代俄山(ヒュンデアサン)という会社を設立した。

手始めに海路で38度線を迂回するルートの合意を取り付けた。ベトナムのサイゴン川で稼動していた豪華クルーザーを買い取り、「海金剛」(ヘクムガン)と名づけた。南の観光客を運び、金剛山入り口の港に停泊させてホテルも兼ねるというものである。

最初は、細々と開始されたらしいが、2000年の金大中の電撃的平壌訪問をきっかけに、観光客を迎え入れるインフラの整備が進んだ。さらに離散家族の面会や、南北会談の場所としても機能するようになっていった。

その後、北朝鮮との話し合いで、陸路でのルートも可能になった。近隣諸国の政治的な動きや、北朝鮮のミサイル発射騒ぎの都度、訪問客が極端に減るという状態での運営だったが、ホテル、レストラン、スポーツ体育館、劇場、会議場、スパなども建設されてきた。

鄭周永会長にとって、金剛山へ人々が自由に出入りできるようになることは悲願だった。グループの中に会社を作り、息子のひとりに任せたのは、その悲願を実現すためだった。

南からの観光客が年間20万人から30万人訪れるという金剛山だが、北側の許可を待って始めて訪れることが出来るという事情のために、ここを訪れる日本人は年間100人程度ということで、その実情は日本にはほとんど知られていない。

そこに138人もの外国人記者団が訪れたわけである。

世界各国からのジャーナリストに実際に北朝鮮の一部を見てもらうこのアイデアを実行したのは韓国記者協会(会長・鄭日鎔、チョンイルヨン)。韓国のマスコミの縦断組織として最も大きい職能団体で7000人が参加している。世界各国のジャーナリストを招くために、国際ジャーナリスト連盟(IFJ、本部ブリュッセル、会長・クリストファー・ウォーレン)の協力を得ることとした。

会員数50万人の世界最大の記者団体であるIFJの呼びかけに答え、40カ国以上の国々から選りすぐりのジャーナリストたちがソウルに集まったのである。

▼銀塩カメラを持ち込めない北朝鮮

私たちが乗る4台の大型バスは、ソウルからまっすぐ日本海に向かい、海岸沿いを北上する。余談だが、韓国ではこの呼称を嫌い、東海と呼んでいる。

北に持ち込むことができないものは、録音機、130ミリ以上の望遠レンズつきカメラ、パソコン、銀塩カメラなど。ニセ金の持ち込みも不可という北側の指示に思わず笑ってしまう。

もちろん全員の携帯電話を南側の入国管理事務所に預けなければならない。小さな携帯デジタルカメラは持ち込み可能なのだが、銀塩カメラがダメというのは、出国の際に撮った映像がチェックできないからだという。

まさか映像チェックはしないのではないかと高(たか)をくくっていたが、北朝鮮の軍人は手馴れた手つきで、全員のデジタルカメラの映像を覗き込み、参加者何人かの映像が彼らの手で消去されることとなった。

今後、北朝鮮を訪れる人は、帰国の際に映像チェックがあるので、どうしても持ち出したい映像は小さな記録メディアに移して、気づかれない場所に隠しておき、カメラには残しておかないことをお勧めする。もちろん、カメラの映像を全部消去してしまえば、逆に疑われることになるので、相手の心理を読む技術が必要である。

さて、南の入国管理事務所を通過するとすぐ、北側の入管職員が私たちのバスに乗り込み、一人一人のパスポートのチェックをする。普段は軍服の男性職員が乗り込んでくる緊張の一瞬なそうだが、20歳ぐらいのその女性職員は、実に気さくな感じで、私たちを監視するのではなく、安全に案内したいという態度が切々と感じられた。

しかし、彼女はマイクを取って、これから北に入る際の注意事項を語る。南側ガイドがそれを逐一英語に通訳する。

「車窓からは絶対に撮影してはいけません。また北朝鮮領に入ってバスから降りた場合、決して北朝鮮人民や軍人を撮影してはいけません。村民のプライバシーを尊重してください。もし、違反した場合には厳重な対応をとることになりますので、慎重にお願いします」

(つづく)

 (c)2007 菅原 秀 

posted by 菅原 秀 at 14:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 涙は止まるか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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