2013年02月10日

NSCー戦争を生み出すシビリアンたち(下)

領土紛争は戦争を引き起こすきっかけになりやすい。そのためどの国も採用しているのが、領土問題を棚上げにして、経済や民間交流の推進を先行させる外交手段だ。日中韓にとって今必要なのは、騒ぎを大きくすることではなく、棚上げをする一方で、互いの国民の信頼醸成をはかることだ。しかしお互いの国に挑発者が生まれると、ことは厄介になる。特に今度の安倍首相は、以前から近隣外交に挑発的な態度をとり続けてきた人物なので、とても心配だ。その安倍首相が「いざ戦争」を想定して作ろうとしているのが、NSC(国家安全保障会議)である。アメリカで生まれたこのシステムは、シビリアンコントロールを標榜しているが、戦争好きなシビリアンにコントロールされ続けてきた。前回に引き続いて、アメリカのNSCについて解説する。
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◆危険なシビリアン・コントロール

 ブッシュ大統領を補佐して対テロ戦争をどう行うか決定する機関は、国家安全保障会議(NSC)である。大統領を議長として首席補佐官が司会をし、副大統領、国務長官、国防長官、統合参謀本部議長、CIA長官などを中心として協議する最高意思決定機関であるが、非公開で行われ、国民の意思が反映されないものの、国務長官や国防長官などのシビリアン(文民政治家)が権限を持つことで、軍部が勝手な動きをとれなくする仕組みを作り出している。そのNSCでは推定百人以上の事務局員が戦争に関する情報を分析しながら、シビリアンたちの意見を補完するための活動を行っている。

ところがこのアメリカ型のシビリアン・コントロールこそが戦争を暴走させている元凶なのである。戦争の現場を熟知している軍の将軍たちの意見よりも、戦争を履行することで政治的基盤を確立しようとするシビリアン政治家たちの意見が優先されるからだ。

イラク戦争の場合は、大量破壊兵器という嘘の理由をごり押しして開戦したラムズフェルドとその手下のウォルフォウィッツなどのシビリアンが先頭に立った。しかもブッシュ政権時代には、NSCの事務局にワシントン市内のシンクタンクから、ネオコンたちの息がかかった研究員たちが大量に送り込まれ、ラムズフェルドやウォルフォウィッツの意見を合理化する文書を大量に作って、大統領とNSCメンバーたちを煽っていたのである。

戦争の厳しさを知っている軍部の意見は無視された。例えば「イラクの戦後処理には数十万人の米軍部隊が必要」と進言したエリック・シンセキ陸軍参謀総長の意見は否定され、少数精鋭部隊による戦争を主張するラムズフェルドとウォルフォウィッツの怒りに触れ、軍から追放されてしまった。ラムズフェルドはこうして口うるさい軍の幹部たちを黙らせて、NSCの実権を握り、自分の子飼いの軍人である中央司令官トミー・フランクス将軍にイラク攻撃の指揮をさせている。フランクス将軍は、コンピューター・ゲームでも操るかのようにイラクの中枢部に総攻撃をしかけ、あっというまにイラク政権を崩壊させ、ブッシュ大統領を喜ばせた。しかし、ラムズフェドがフランクスに指示した少数精鋭作戦は、アメリカを長期戦の泥沼に引きずり込んでしまい、「軍事ケインズ主義」に浮かれている余裕がないほど、アメリカを疲弊させてしまったのである。

なぜアメリカを守るはずの国家安全保障委員会(NSC)は、シビリアン・コントロールの機能をきちんと盛り込んでいるにもにかかわらず、戦争を助長し続ける機関になってしまったのだろうか。

結論から言うと、NSCはウォールストリートの投資会社出身のジェームズ・フォレスタルとポール・ニッツェのふたりが、ワシントンに乗り込んで作り出した「戦争特需マシン」なのである。

◆NSC68という戦争教科書

フォレスタルは、ウォールストリートの投資会社の社長だったが、戦後、ルーズベルト大統領から特別補佐官に就任しないかという誘いを受け、ワシントンにやってきた。やがて海軍次官に転進し、そこで商才を発揮することになる。軍需産業にテコ入れすることによって戦争特需を生み出し、国家予算の増大に貢献したのである。その手腕が認められ、国防総省が設立されると初代長官に任命された。今度はトゥルーマン大統領の下で働くことになるが、戦争特需システムを恒久化するために、出来たばかりのNSCを利用しようと考え、トゥルーマンの共産主義に対する恐怖を利用することにした。

そこで、投資会社の部下だったポール・ニッツェをワシントンに呼び寄せた。フォレスタルはニッツェを自分の補佐官として雇い、さらに国務省に送り込んで、NSCを担当する政策分析官のようなポジションにつけたのである。1950年には、その後のアメリカの冷戦政策の指針となっている国家安全保障会議文書68号(NSC68)という文書を完成させている。

68というのは単なる政策文書の通し番号であるが、のちに、このNSC68がアメリカの軍事作成策定の基礎となるバイブルのような存在になったのである。ブッシュ大統領が何度も「ディズニー・ワールドに行こう」と演説したのも、NSC68の軍事理論を基礎とした発言なのである。

『アメリカ・力の限界』(アンドリュー・ベイセビッチ著、菅原秀訳、同友館)の中から、NSC68について書かれた部分を要約しながら解説してみよう。

ニッツェはNSC68の中で、まずソ連の脅威について次のように説いている。
 「ソ連は新しい熱狂的な信念に煽られており、その絶対的権威を世界全体に及ぼそうとしている。強大な軍事力に支えられながら、他国への侵入と脅しを継続しながら、自分たちの支配による自由世界を形成しようとしている」

ソ連が考えている自由世界についてニッツェは、こう書いている。
「ソ連の計画は、非ソ連圏の国々の政府および社会機能を、強制的に完全に破壊しつくすことである。破壊した後に、ソ連中央によるコントロールに従う機能と組織を持つソ連世界に置き換えるのである。それを実現するために、危機、紛争、覇権主義を継続し続けているのがソ連の政策である」

つまり共産主義による世界支配のことであると定義づけているのである。
それに対してアメリカについては、
「寛容な精神に基づいて世界を展望し、気前のよい建設的な推進力を持ち、国際社会関係に欲望を持たない国家である」
と解説している。

第二次世界大戦の余波によって、国際連合が生まれることになり、自由という考え方が独裁政権、専制制度、あるいは奴隷制度に対する戦いの旗印となった。

NSC68は、国連が生まれた直後に作られた文書であるが「自由思想は歴史上最も受け入れられやすい考え方である」とした上で、ソ連は自由思想の存在を「永久に続く脅威」と位置づけていると解説している。ソ連はその脅威を打破するために全世界の自由機関を攻撃している、赤軍の存在はそのソ連の凶悪な意図の証明であると述べ、「ソ連は自国の領土を守るための必要性をはるかに超えた軍事力を保持している」と警告している。

ニッツェの分析によれば、ソ連は戦禍からの復興段階なのにもかかわらず、すでに国力をつけているのは明らかだという。そこで、こうした前例のない脅威に対応するためには、3つのオプションしかないであろうと述べている。孤立主義、予防戦争(核による先制攻撃を意味する)、アメリカの軍事力の急速な増強である。NSC68は、最初のオプションについては降伏を意味するとして拒絶している。さらに二番目のオプションについても、「不快」な上に「道義的に不純だ」として否定している。したがって三番目のオプションしか残されていないわけである。

ニッツェの提案は、水素爆弾を早急に開発すべきであることを強調する巨大な国防予算を伴うものであった。さらに、国防の助言者たちを訓練して友好国に送り込む。国内の治安を強化し情報機関の能力を高める。そして、ソ連圏内での「騒乱や反乱を扇動し支持する」ことを目的として秘密工作を活性化させるといった提案も行っている。この提案によってCIA(中央情報局)が生まれている。

そのためにNSC68は国内予算の切りつめと、再武装のための増税案も盛り込んでいる。その結果、この「ニッツェ・ドクトリン」ともいえるNSC68がアメリカを恒久に軍事化することを決定づける文書となり、アフガン戦争とイラク戦争のときにも、アメリカの軍事教科書として利用され続けてきたのである。 

◆銃を売ったお金で食糧を買えば国は繁栄する?
 
 増大する軍事費は一般のアメリカ人に倹約させることを意味しているわけではなく、NSC68は「軍事支出による経済効果は、軍備や海外援助による支出を吸収し、それ以上のものをもたらすと思われる」との展望を持っている。つまるところ、アメリカ合衆国は銃と食糧の両方を手に入れる事ができるというわけだ。確かに、銃を製造してその収入で食糧を手に入れる事ができるのは事実だ。

ニッツェにとってこれは最大の売り込み文句である。国の長期的経済発展より以上に、莫大な軍事支出こそが実質的な繁栄のための手段を供給するわけで、戦争に膨大な軍事費をつぎ込むことによる疲弊の心配はないからである。
 
 NSC68を手にしたトゥルーマン大統領は、武装が経済的豊かさをもたらすとしている考え方に納得していなかったものの、すぐに朝鮮戦争という形の不幸にめぐり合うこととなる。

政敵に包囲されていたトゥルーマンにとって、朝鮮戦争は脅威だった。しかし、ニッツェにとっては願ってもないタイムリーな出来事だった。北朝鮮の共産主義者による南進は、NSC68の分析そのものの証明と思われたからだ。ソ連の指導の下に国際共産主義グループが、明らかな侵攻を開始したからである。

しかしこれが最後ではなかった。1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻はさらなるNSC68の分析の正しさの証明になった。NSCのシビリアンたちににとっては地球規模の事件が起きたことであり、そこそこに満足できる事態であった。

こうしてNSC68は独断的な教義となったのである。国防費は3倍以上の規模に拡大され、増えた予算の大部分は朝鮮戦争のために使われたのではなく、ニッツェが提案した一般的な再武装のために費やされた。こうしてアメリカの軍事戦略の本格化が開始されたのである。

もしこのNSC68が単なる机上の文書に過ぎないのだとしたら、歴史的関心を持つ必要はない。ところが、この文書はそれ以上の意味を内包しているのである。現在のアメリカ人はこの文書の内容については詳しくないだろうが、ニッツェによるこの名人芸のような作品は、その後数十年経ったにも関わらず、現代アメリカ政策そのものに深く関与しているのである。ちょうどワシントンの辞任演説やモンロー・ドクトリンが19世紀アメリカの政策と密接に関わっていたのと同じように。
 
おそらくオバマ政権のNSCのメンバーも、この古臭いNSC68の理屈にとらわれていることだろう。ニッツェの時代の「ソ連」という言葉を「テロリスト」と置き換えさえすれば、軍需産業を支え続けた人脈に連なるNSC関係者は安泰だからだ。オバマ政権がいくらグリーン・エネルギーや福祉を強調しても、有権者たちは豊かなアメリカン・ウェィ・オブ・ライフを守ることに腐心し、それを脅かすかもしれない外敵におびえ続ける。政治家たちは外からの脅威に対決してアメリカを守ることを公約にしない限り、生き延びることができないことをNSCのシビリアンたちは熟知しているからだ。

アメリカの戦争経験はわれわれに、シビリアン・コントロールの危険さを、こうして明確に教えてくれるのである。(了)

*さらに詳しく知りたい方は『アメリカ・力の限界』(アンドリュー・ベイセビッチ著、菅原秀訳、同友館)を参照してください。









               
posted by 菅原 秀 at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 民主主義とは何だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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