2013年01月22日

NSC――戦争を生み出すシビリアンたち(上)

☆日本が真似ようとしているNSCはきわめて危険な戦争マシンだ

第二次世界大戦までは「軍の暴走」によって戦争が始まる例が多かった。典型的なのがドイツと日本の軍部の暴走だった。そこで戦争抑止のアイデアとしてシビリアン・コントロールの仕組みが生まれたのである。しかしシビリアン・コントロールによって作られたアメリカのNSC(国家安全保障会議)は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争と次々に戦争を生み出してきた。
つまるところ、シビリアン・コントロールで戦争が抑止できるというのは、間違いであることが、アメリカのNSCの存在によってはっきりと証明されたのである。にもかかわらず日本の政治家たちは、アメリカのNSCと同じような組織を日本にも作りたくてうずうずしている。政治家が欲しがるのは、外交のための切り札としての軍事パワーである。つまり自分たちシビリアンが、軍事面での強力な発言権を持てば、力ずくの外交が成功すると考えているのである。危険な動きである。
NSCとは何か、先ずは、モデルとなっているアメリカのNSCとは何かということを知ることが緊急の課題なのである。

☆戦争をしかけるアメリカ

 ベトナム戦争の手痛い経験があるにもかかわらず、アメリカはアフガニスタンとイラクで、再び大きな失敗をしてしまった。
 アメリカという国の権威は失墜し続け、ここ5年ほどの間に、アメリカ人が見知らぬ国で一人旅をするのが危険なものになってしまった。
 もちろん個々のアメリカ人の責任ではない、軍事力を過信してしまったアメリカ政府がその責任を背負わなければならないのは当然だ。 
にも関わらずアメリカは、もはや世界中からそっぽを向かれてしまった古い価値観、つまりアメリカこそが自由の旗手であり、民主主義のリーダーであるという独りよがりの思い込みを捨てることが出来ないでいるようだ。
 アメリカは過去の経験から、何も学ばなかったのだろうか。
ちょうどブッシュ政権が「対テロ戦争」の名目でイラクに侵攻した直後の2003年、私自身、米国民主基金のフェローとしてワシントンで研究生活を送ったことがある。意外だったのは、ワシントンで私が出会ったアメリカの学者や政治家たちのほぼ全員が、イラク進攻を強行したブッシュ政権を強く批判し、自分たちが戦争を阻止できなかったことを反省していたことだった。
もちろんフセインの独裁は容認できないものの、「大量破壊兵器の存在」をでっち上げてイラク進攻を強行したアメリカのやり方を、ワシントンの知識人たちは強く批判していたのである。
なぜ彼らは、イラク戦争を阻止できなかったのだろう。私は自分が抱えていた研究テーマと平行して、アメリカが好戦的な政策を採る本当の理由を知りたくて、積極的にネオコン(ネオコンサーバティブ)と呼ばれる人々の講演会に出かけ、あるいは議会図書館の雑誌を読みこんで、その理由を知る手がかりを探した。

☆票を握るのは地方の保守票だ

ワシントンにはさまざまなシンクタンクがあり、イラク戦争を合理化するために、戦争を支持する論客によるシンポジウムが時折開かれていた。政権の中でも強硬派と言われているチェイニー副大統領や、オルフォウィッツ国務次官補につながる学者たちで、ブッシュ政権の助言者として盛んにホワイトハウスに出入りしている人々だった。
そこで分かったことは、ネオコンと呼ばれる人はアメリカ全体を支える保守層から根強い支持を受けており、9・11事件への報復としての「対テロ戦争」を推進するイデオローグとして強く歓迎されているという事実だった。
首都ワシントンの知識人たちの中では、こうしたネオコンといわれる人々は少数派だった。なにせ世界中の外交官が集まって一種の国際都市を形成しているワシントンである。アメリカの国益だけを中心に物ごとを考えているネオコンたちは仲間はずれになっているようだった。しかし、ネオコンたちの講演を何度も聴いているうちに、彼らの論理はワシントンというリベラルな都市ではさして目立たないものの、幅広い層のアメリカ人に支持されており、他の都市に行けば、圧倒的に支持されていることを知った。
ネオコンの論理はこうだ。アメリカこそが自由と民主主義を実現している国であり、その恩恵を他国にももたらす使命がある。アメリカはそうした約束の下に独立を宣言し、奴隷を解放し、黒人への公民権を回復した。自由のために闘うアメリカに対して、イスラム原理主義者たちはテロの脅威を与え続けている。アメリカは世界の抑圧された人々の自由ために闘わなければならない。テロリストの側に立つか、自由の旗のもとで闘うか、選択肢はふたつにひとつである。
私たちからすれば、ネオコンの理屈は歴史検証を抜きにした自画自賛にしか聞こえない。アメリカの独立宣言は、ごく少数のエリートによる共和国の樹立宣言であり、公民権を回復したのは抑圧されていた黒人たちであり、イスラム原理テロリストを育てたのはCIAではないか、という疑問を持つ。
しかしアメリカ人の圧倒的多数が、ネオコンたちが主張するこうした一種のアジテーションを素直に受け入れているのである。
だからワシントンの知識人たちがいくら反対したところで、アフガニスタンに続いてイラクに侵攻したブッシュ政権の軍事路線を阻止することは出来なかったのである。

☆外敵は政権維持の絶好のチャンス

アメリカ人がこうした軍事侵攻を歓迎した背景には、長年にわたってソ連を敵視してきた「脅威をもたらすのは常に外敵である」という思考法がある。9・11事件でも、自分たちの国防組織のひとつであるCIAが作り出したアルカイダに報復されたのであるという事実を検証することなく、アメリカに敵対するテロリストという「外敵」を作り出すことで、ネオコンたちのアジテートに乗ってしまっている。
それではネオコンたちは何を求めているのだろうか。彼らが口々に語るのは、自由と民主主義を守るということであるが、彼らが言う民主主義を保障しているのは、アメリカが謳歌してきたアメリカン・ウェイ・オブ・ライフという裕福な生活である。そして裕福な生活を生み出すのは、なんと、軍拡そのものなのである。
ブッシュ政権になると、本拠地のニューヨークからワシントンに集まってきたネオコンたちは、志を同じくする国防長官のラムズフェルドや国防次官のウォルフォウィッツなどを通じて、ブッシュ大統領の戦争に関する業務をサポートする国家安全保障会議に介入するようになり、腹心たちを事務局員として大量に送り込むようになった。
そこで繰り広げられたのは、シビリアンコントロールによる軍事支配だった。
つまり、イラク戦争はブッシュ政権に上手に取り入ったネオコンたちの「思い」を実現させるためのものであり、軍拡によってアメリカの豊かさを維持し、さらにテロリストたちを壊滅することで中東にネオコンが望む形の民主主義を根付かせ、アメリカを中心とした世界秩序をもたらそうという戦略だったのである。
こうしたネオコンたちの考え方に真っ向から対立する論客も、アメリカにはたくさんいる。一貫してアメリカの軍拡路線を批判し続けてきたノーム・チョムスキー、チャルマーズ・ジョンソン、ジョン・ダワーなどだ。残念なことに、チョムスキーとジョンソンは数年前に亡くなっている。
またバリバリの軍人でありながら、アメリカの軍拡路線に強い警鐘を鳴らし続けてきたアンドリュー・ベイセビッチもいる。カナダの論客のナオミ・クラインも、アメリカの軍拡路線と資本との関係について鋭い告発を行い、アメリカの世論に働きかけている。
彼らはアメリカの軍需産業の構造が虚構であることにメスを入れ続け、そこから生まれるはずの富は、すでに破綻していることを実例をあげて告発している。
経済学者のジョゼフ・スティグリッチは、イラク戦争に費やされた戦費を3兆ドルと見積もっているが、日本の国家予算の4倍もの軍事支出がアメリカ国民に重くのしかかっているにもかかわらず、ブッシュ前政権はやみくもに経費を出し続けた。オバマ政権はさすがに経費の大きさに悲鳴を上げ、軍事費の削減を予定しているものの、アフガニスタンとイラクで費やされている戦費の不足分については、次々に米議会に追加予算の承認を求め続けているだけだ。

☆戦争をすれば国が豊かになる

こうした手法を揶揄する意味での「軍事ケインズ主義」という言葉を最初に使ったのは、チャルマーズ・ジョンソンだと思う。アメリカが遭遇してきた第二次世界大戦や朝鮮戦争などの軍拡は、経済を疲弊させるどころか、軍需産業を中心として産業全体を活性化し、アメリカに好景気をもたらすのだという考え方を指す言葉である。
軍拡によって豊かさが生まれ、その富が自分たちに自由をもたらしているのだというアメリカ人独自の感覚は、第二次世界大戦直後に極限に達した。真珠湾攻撃をきっかけとした日本の無謀な政策のおかげで、アメリカの軍需産業は肥大化し、国内に景気をもたらした。その結果アメリカは超大国として台頭することになり、その豊かな生活は世界の人々にとっての羨望の的となった。それに続く朝鮮戦争でも、軍需産業には好況が続き、豊かなアメリカン・ウェイ・オブ・ライフは、いささかも揺るぐことがなかった。
 国外での戦争を継続していたにもかかわらず、アメリカの多数派である白人の立場だけを考えれば、世界で最も自由な国であった。第二次世界大戦の最後の時点でアメリカは、世界の金保有量の3分の2近くを占め、世界の工業の半分以上の生産力を持ち、全世界の輸出量の3分の1を占めていた。英ポンドに代わってドルが国際通貨の地位を占めるようになり、ブレトン・ウッズ体制による国際通貨基金の枠組みによってアメリカは世界の金融マネージャーとなった。
 アメリカの平均的な家庭にとっては、第二次世界大戦こそが大恐慌時代に終止符を打った出来事であった。戦時特需による繁栄も戦争そのものによって吹き飛んでしまうのではないかという恐れは、杞憂に終わり、「軍事ケインズ主義」が生まれる余地を与えた。
1948年にはアメリカの一人当たりの所得は、英国、フランス、西ドイツ、イタリア4カ国を平均した一人当たり所得の4倍を超えていた。所得拡大と、抑えられていた需要が複合することによって国内の巨大な市場が生み出され、アメリカの工場は活況を呈し、働き口を生み出した。
この考え方は、9・11に遭遇したブッシュ政権にも受け継がれている。
テロとの戦いという名目で、アメリカ合衆国は数十年も続くかもしれない世界戦争に乗り出したというのに、ブッシュ大統領はわざわざ税を減らしたのである。戦争特需をあてこんでの減税である。
 そして、贅沢を戒めるように求めたのではなく、何事も起こらなかったように事を運ぶことを呼びかけたのである。世界貿易センターが崩壊してわずか2週間後には、アメリカ国民に対して「さあ働こうじゃないか。国中でビジネスを展開しよう。どんどん観光旅行をしよう。フロリダのディズニー・ワールドに行こう」と呼びかけているのである。
 アメリカ人は悲しみに打ちひしがれていた。ツインタワーでは多くの人々が亡くなり、国全体が喪に服していた。9・11直後、人々はディズニー・ワールドに群れることに躊躇したし、航空会社は倒産寸前のような状態に追い込まれた。
突然人々が控えめになったことで、消費帝国が崩れるのではないかという脅威を感じた大統領は急遽「家族を連れてエンジョイしよう。せいいっぱい楽しもう」と呼びかけることになったのである。
ブッシュ大統領は、同じ内容の演説を何度も繰り返すこととなった。その後、2006年12月になり、イラクの状況が厳しくなったにもかかわらず、自分が戦時大統領であることを忘れたかのように、ブッシュ大統領は国民に、「みなさん全員が、もっと買い物をすることを奨励する」とさらなる消費の努力をすることを勧めているのである。(つづく)

*さらに詳しく知りたい方は『アメリカ・力の限界』(アンドリュー・ベイセビッチ著、菅原秀訳、同友館)を参照してください。






posted by 菅原 秀 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 民主主義とは何だろう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。