2012年05月05日

エーミールの涙(6)ドイツに生まれた民主化支援システム

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この4月には、野田首相がオバマ大統領と会談し、ビルマ(ミャンマー)の民主化支援を共に進めようという約束をした。同じ日に玄葉外務大臣がネパールとエジプトを相次いで訪問し、両国に対して民主化支援の分野で支援するとの約束をした。

私が心配なのは、日本は今までに「民主化支援」に関しては、ごく一部の国の法制支援をしただけで、まだまだ未経験であるということである。

この仕事を行うことになるであろう外務省も、その傘下のJICAもこの分野を手がけたことがないことを率直に認めており、文化が違うだけでなく、社会制度がまったく異なる国に対して、単一民族国家の視点しか持たない日本が民主化支援に乗り出す際、さまざまなトラブルが起きるのが心配だ。

民主化支援とは「独裁国家を民主化する活動」「選挙監視と支援」「報道の自由を生み出す活動」「議会制民主主義を確立する活動」「法律策定を支援する活動」「市民団体作り」「行政システム作り」「労組作り」「軍隊の民主化」など、どれもセンシティビティーの高い活動ばかりだ。崩壊したばかりの独裁国家は民主制度のインフラとシステムを持っていないので、そのために海外から支援財団を通じて資金を投下するのが一般的だ。

なぜ支援財団かといえば、民主化そのものが相手国の政権の利害と馴染まないために、外交的圧力をさけて長期的な民主化活動支援を継続するためである。

例えば2011年12月にエジプト当局が、カイロ市内のNGO数十団体を「無登録で海外から資金を得ている」として捜査し、40人以上(うち19人は外国人)を逮捕し、裁判にかけている。外国人はアメリカのIRI(共和党国際研究所)、NDI(米国民主党国際研究所)、フリーダムハウス、それに加えてドイツのコンラート・アデナウアー財団の職員だった。

もちろんアメリカのクリントン国務長官はこの逮捕劇に激怒し、表面上は「エジプトへの援助停止も辞さない」としているが、あくまでもこれらの団体は米政府機関ではないので、アメリカとしてもワンクッションを置いた対応が可能なのだ。

日本の場合は、民間団体を通じて相手国の民主化を支援するという機能を持っていないので、政府対政府の外交による民主化支援を行うことになる。したがって、相手国政府の意にそわない民主化支援を避けることになってしまう。そこで、「日本からの援助はエリート支配を強化する形になっています」(アウンサンスーチー)などの批判を受けることになってしまいがちなのである。

さて、途上国の民主化の際に見え隠れする民主化支援財団のアイデアを最初実生み出したのはドイツである。ナチスの思想を一掃し、ドイツ国内に民主的考え方を定着させるのが最初の目的だった。やがてその手法は海外の独裁国家の民主化を支援するという形に発展して言った。民主化支援を考える意味でドイツの民主化支援財団の歴史を、きちんと押さえて置く必要がある。

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■ドイツ国民の再教育の開始

さてエーミールの涙(5)では、(メルマガ購読者はアジア・ジャーナル35号参照)で、アデナウアーが行った国内外のナチス被害者への賠償の経緯について述べた。http://p.tl/4FxY

アデナウアーが行った一連の動きとともに、ドイツ政府は国民の再教育を重視する政策を採ることとなった。1953年には連邦政治教育センターが設立され、各共和国で青年たちを対象とした民主教育が開始されている。とはいっても国民運動としての民主教育は、政府が音頭を取っただけではなかなか進まない。政府の動きに呼応して、各共和国の市民団体が受け皿となったり、あるいは教会と組んだ自発的な動きを開始し、少しずつドイツの過去に向き合う動きが進められていった。 

そうした市民レベルの活動を財政的に支援したのが、その後、世界の民主化活動をリードすることとなった政党財団である。このドイツ特有の組織は、民主化教育にとって極めて有効性の高いものだったので、その後、アメリカをはじめ先進各国が設する民主化支援財団のモデルとして注目を集めることとなった。 
しかしドイツ人にとっては、先ず自分たち自身への民主化教育が必要であった。10年以上にもわたってかけ続けられていたヒトラーの催眠術から、自分たちの心を解き放つ作業が、どうしても必要だったのである。その経験が、期せずして海外の民主化活動支援に役立つことになったのである。 

政党財団の中で、戦後いちはやく活動を開始したのが、フリードリヒ・エーベルト財団である。もともと1925年に設立されたものの、1933年にナチスによって非合法化され休眠していた。1947年に再建されると同時に、民間の非営利団体として社会民主主義の理念と基本的価値を追求する目的で、活発な活動を開始している。 

ドイツの初の民主選挙で選ばれた初代大統領フリードリヒ・エーベルトの遺志を継いで設立されたことから命名された財団であり、新しい出発にあたって、「民主主義と多元主義に基づく政治・社会教育を行なう若い人材の育成」「国際理解・協力への貢献」などをうたっている。 

フリードリヒ・エーベルト財団は、ドイツ社会民主党と密接な関係を保ち、共通の理念を持つものの、「政党財団」と「政党」との関係は、それぞれ違う役割を持つものとして、お互いに干渉をしない取り決めがなされている。 

つまり、「政党財団」は民主主義の理念を広めるための教育活動や、民主主義を阻害するシステムを改善するための具体的な活動をするものである。それに対して「政党」はその政治綱領に基づいて、議会制民主主義を通じて政治活動を行なうものであるという明瞭な住み分けがなされているのである。 

■次々に生まれた政党財団 

その後ドイツには、他の政党財団が生まれることとなるが、「政党」と「財団」の住み分けが明瞭な形で、しかも自然に行われているという特徴がある。フリードリヒ・エーベルト財団の手法をモデルとして作られたからに他ならない。 

どの財団もその出発に当たって、自分たちの政党が全体主義化するのを本能的に恐れ、政党から独立した「政党財団」を社会とのつながりを保つ機能として位置づけたのではないだろうかと思う。

現在、ドイツには次の六つの政党財団がある。 
@ ドイツ社会民主党を母体とするフリードリヒ・エーベルト財団(FES)
A キリスト教民主同盟を母体とするコンラート・アデナウアー財団(KAS)
B キリスト教社会同盟を母体とするハンス・ザイデル財団(HSS)
C 自由民主党を母体とするフリードリヒ・ナウマン財団(FNS)
D 緑の党を母体とするハインリヒ・ベル財団(HBS)
E 民主社会党を母体とするローザ・ルクセンブルク財団(RLS)
である。

最後の二つは、それぞれ1980年代、1990年代にできた新政党を母体とする財団である。 

これらの財団の中で、フリードリヒ・エーベルト財団は、戦後すぐに活動を開始し、全国で青少年を対象とした教育活動を開始している。労働組合と密接な関係があったことから、東ドイツやポーランドとの関係構築にも大きな役割を果たし、政府ができないことを行なう「民間外交」の役割を果たしている点も注目に値する。 

在日30年になるドイツ人ジャーナリスト、ゲプハルト・ヒールシャーさん(元外国人記者協会会長)にお会いした際に聞いたのだが、すでに1950年代にアウシュビッツを訪ねていたそうである。

「戦争が終わったとき私は9歳でした。その後、高校生のときに、アウシュビッツを訪問し、そこで起きた悲惨な出来事を学ぶことができました」

当時のポーランドは、東ドイツ在住の人々にとっても入国が難しい状態だった。ヒールシャーさんは、西ドイツの住民でありながらポーランドの労働組合とも友好関係を結んでいたフリードリヒ・エーベルト財団による青少年を対象とした活動の一環として、ポーランドを訪れることができたのである。

フリードリヒ・エーベルト財団に続いて1958年に設立されたのが、自由民主党(FDP)を母体とするフリードリヒ・ナウマン財団である。同じく全国の青少年を対象にした民主教育、職業訓練教育などをスタートさせている。 

キリスト教民主同盟が類似した財団を発足させたのは、アデナウアーが首相を引退した翌年の1964年である。その名もコンラート・アデナウアー財団と命名されている。おそらくアデナウアーの現役時代には必要がなかったのであろうが、設立されてからの活動は目覚しく、フリードリヒ・エーベルト財団と競争するかのように、ドイツ国内だけでなく、海外でも幅広い民主化活動を展開している。

ドイツ人にとっては自国の民主化活動も海外の民主化支援も、ナチス時代の過去との格闘なのである。その格闘は、各政党財団のアクターたちによって、さまざまな思惑に翻弄されながらも、少しずつ進展していったのである。ドイツの政党財団については拙著『もうひとつの国際貢献』(リベルタ出版)で詳述しているので、興味のある方は参照していただきたい。

(続く) 
posted by 菅原 秀 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | エーミールの涙 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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