かなりの長文だが要約すると次のような内容であった。
「表現の自由を標榜する現在のメディアは、ムスリムへの恐れから、表現を自粛している。子供向けにモハメッドの伝記を書こうとした作家が、肖像画の描き手を捜したところ、みんな怖気づいてしまい、見つからなかった。イスラム教への批判を許さずに全体主義的な脅迫をわれわれに行なってくるムスリムに対し、表現の自由を知らしめるために漫画の掲載に踏み切ったのである。私の呼びかけに対し、12人の漫画家が応えてくれた。われわれは今までにあらゆる人々を風刺する権利を行使してきた、王室であろうとキリストであろうと風刺の対象としてきた。しかしモハメッドにだけそれができないというのはおかしい。人は平等である。これは表現の自由を守る戦いである」
■良いムスリムと悪いムスリム?
偶像礼拝の意味を知らない人にとってはこの理屈は道理にかなっているように思える。しかし、これは偶像礼拝の危険さを棚上げにした理屈だ。
フレミング・ローズは偶像礼拝についてどう考えているのだろうか。
彼の文章からだけでは判断できないが、経歴を調べてみると、ロシア語の専門家でモスクワで学んだことがあるようだ。さらに現職の前に別な新聞のワシントン特派員の仕事をしている。恐らくそこで得た知己だろう。2005年初頭に再び訪米して、著名な中東専門家であるダニエル・パイプスを取材し、ユランズ・ポステン紙で紹介している。
ダニエル・パイプスはユダヤ系アメリカ人で、アラビア語に堪能な中東評論家として著名だ。雑誌や新聞に、アメリカの民主主義と協調できるイスラム穏健派との連帯が必要だという主張を発表し続けている。それだけなら多少ましなのだが、アメリカを批判するイスラム学者の講義内容を学生達にスパイさせ、キャンパス・ウォッチというサイトに匿名の報告を大量に掲載し、テロを支持するイスラム学者だとしてふるい分けて、社会的制裁を呼びかける抑圧的な人物なのである。
つまりローズは、こうした人騒がせなアメリカの中東専門家を、海を越えて取材に行くほど、ムスリムに対するある種の思い入れが強かったと言える。
そうした思い入れを持つローズはどの程度、イスラム教を理解をしているのだろうか。
ローズが書いたユランズ・ポステン掲載の紹介記事が、当の取材対象のダニエル・パイプス自身のサイトに英訳されて掲載されていた。パイプスは、外国から記者が取材に来てくれたことがよほど嬉しかったのだろう。誰かがボランティアで訳したものを入手し、わざわざ専門家に頼んで、校正の手を加えてもらっている。
それを読むと、フレミング・ローズのイスラム教理解はがっかりするほど表層的なものであることがわかる。複雑なイスラム教世界を単純に、原理主義過激グループと穏健派ムスリムのふたつにわけてしまい。パイプスを、穏健派ムスリムを支持するアメリカの良心だと紹介しているに過ぎないのである。
■表面だけからのイスラム理解
この程度のイスラム教理解では、ローズが偶像礼拝というイスラム教の存続にかかわる問題を理解するのは無理だ。ローズは偶像礼拝の意味がわからずに、原理主義過激派ムスリムに対する単純な苛立ちからモハメッドの漫画12点を掲載するという挙に出たと思われる。その結果、本人は大勢の「良いムスリム」がモハメッドを揶揄した漫画に賛同してくれると思ったようだ。本人は表現の自由を奪われたムスリムを救ったつもりでいたに違いない。
ところが、ムスリムからの反応は、みなさんご承知のとおりだった。ローズは今回の行為がムスリム全体をバカにした行為であるということに気づかなかったのである。
つまり「日本人は皆バカだ」とか「仏教徒は皆バカだ」と言い切ることと同じようなナンセンスをローズは行なってしまったのである。そして、その行為を表現の自由をまもるためだと言い訳してしまったのである。
しかし、ローズがイスラム教の基本に対して無知だからといって彼ひとりを責めることはできない。偶像礼拝を原則的に禁止している全世界のキリスト教徒たちも、この問題をおざなりにしているからだ。ルーテル福音派を国教とするデンマークだが、ローズも偶像崇拝の本当の意味などを知ることもなく、自分が生まれたそのデンマークの価値観が世界に通じると思って育ったのであろう。
■アニミズムと偶像礼拝
日本では偶像礼拝がどういう意味を持つものであるかが、ほとんど知られていない。聖書の中にこの言葉が記述されていることが知られている程度だ。
言葉そのものから連想されるのは「人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むこと」といった概念であろう。
人物や動物をかたどった物を後生大事に拝むのは、大昔から世界中に存在しているアニミズムやシャーマニズムから来たものが大部分で、偶像礼拝のような積極的な「神への冒」行為を伴わないことが多い。
たとえばビリケン像や仙台四郎を「商売繁盛の神様」として拝んだり、招き猫を店の入り口に置いて客が来ることを願ったり、あるいは龍や狐のお札をお守りとして事故や災難に遇わないように祈願する行為などが偶像礼拝だと思われている。
しかし、こうした行為はアニミズムやシャーマニズムの古くからの伝統の名残りであり、そこには神を冒涜するという意思は希薄である。来日するムスリムにそうした物を見せたり案内しても、偶像礼拝として目くじらを立てた人には出会ったためしがない。
事実、どのイスラム国家にも昔からのアニミズムやシャーマニズムの伝統がある。私たちに身近なインドネシアやマレーシアなどのイスラム国家では、昔から伝わるお守りや像などが、どの町でも売られている。そのことに誰かが目くじらを立てたという話は聞いたことがない。
しかし、もしインドネシアやマレーシアのみやげ物屋で、キリストやマリアの聖像が売られていたとしたらどうなるだろう。大変な騒ぎになるに違いない。
偶像礼拝はこうした宗教そのものと関連したある種の意思を伴う、背信行為を差すのである。
では、偶像礼拝とは何なのだろうか。
■モハメッドの肖像画はなぜ作られないのか
偶像礼拝そのものをテーマにした映画が、ムスリムの映画監督によって作られたことがある。1976に全世界で反響を呼んだ「ザ・メーセージ」という映画である。監督はムスタファ・アッカド。シリア人である。
天使ガブリエルによって啓示を得たモハメッドは、神の使徒として、人々の平等と社会腐敗改革のための正義を説き、共鳴者を増やしていった。しかし、メッカの大金持たちにとって、モーゼの十戒をきちんと守ろうとするモハメッドの教えは受け入れられないものだった。カーバ神殿は、さまざまな宗教の教祖や動物の偶像を祭り、多神教を商売として繁栄していた。その反映を神の名のもとに否定されれば、生活の基盤を失うからだ。
そこで、彼らは、モハメッドとその仲間たちに過酷な仕打ちをし、弾圧に出た。次々に仲間や家族に拷問を加え、さらにモハメッドの人種平等思想を信奉する黒人奴隷を石の下に敷いて殺した。
メッカでの伝道を断念したモハメッドたちは、北方の町メディナに移り、再起を図った。そしてついにメッカを奪還し、偶像礼拝を一掃し、カーバ神殿を神の聖堂として回復させたのだった。
だいぶ前の映画なので、細かいストーリーは忘れてしまった。しかし、メッカに凱旋したモハメッドたちの兵士である元黒人奴隷が高らかに「アッラーは唯一の神なり」とコーランを朗詠するのが、とても印象的な映画だった。さらに、もうひとつ印象的だったのは、モハメッドが持っていたと思われる杖が砂漠の真ん中に立っていて、ナレーションとコーランの朗詠が重なる場面だった。
さて、問題のポイントについて述べよう。
この「ザ・メッセージ」はモハメッドの生涯を描いた大作であるにもかかわらず、主人公であるモハメッドは一切登場していないのである。
それでは、なぜモハメッドに扮した俳優が映画に登場しないのであろうか。
それは、モハメッドを神の化身と勘違いしてしまう人々の出現を恐れるからである。つまりモハメッドの肖像を拝んでありがたがる人々の出現を恐れるからである。
モーゼもキリストもモハメッドも、偶像礼拝をはっきりと禁じている。恐らく、彼らの時代には偶像礼拝の弊害が理解できる社会背景があったのだろう。
しかしいま私たちが聖書を読んでも、「なぜ偶像礼拝がいけないのか」という理由を理解するのはとても難しい。コリント人への手紙の第10章でパウロが葡萄酒や捧げ物のたとえをしながら、なぜ偶像礼拝がいけないのかを長々と説明しているが、私たち日本人にはとんと理解できない。背景の文化が皆目わからないからだ。
コーランの記述は聖書よりはわかりやすい。「あなたがたと,あなたがたの祖先が命名した偶像の名に就いて,アッラーが何の権威をも授けられないものに就いて,あなたがたはわたしと論争するのか(7章71)」などの記述で、偶像は神とは無関係な張りぼてであるということを繰り返し説いている。しかし、ムスリムにはこうした記述がピンと来るのだろうが、われわれにはとてもわかりにくい。
■神でないものを神にするメカニズム
さて私は、少しでもイスラム教の文化的背景を知るために、海外取材でムスリムに出会うたびに、イスラム教への疑問を問いかけることにしている。「なぜ豚肉を食べないのか」「なぜ偶像礼拝はいけないのか」「なぜ聖戦なるものがあるのか」。彼らはこうした問いかけが大好きだ。微笑みながら答えてくれる。
私が出会う相手はジャーナリストや政治家が多いのだが、時にはイマーム(聖職者)を紹介してもらうこともある。
ムスリムは皆コーランに書かれていることを字づらどおりに金科玉条として生きているのだと思われているが、こうした質問をすると、多様な答えが返ってくるので面白い。
さて、偶像礼拝に関する質問への彼らの答は、おおむね次のように要約できる。
(つづく)


