西側各国のいくつかの新聞社もこの騒ぎを増幅した。ユランズ・ポステンの風刺画を新聞に転載して、表現の自由を守るべきであるという論陣を張り、さらに世界のムスリムたちを怒らせた。
挙句の果てには06年2月23日、デンマーク国内の報道機関に授与される「ビクトル賞」がユランズ・ポステン紙に授与された。表現の自由を守ったというのが、その理由だ。
さて、9・11以降、世界はとても危険な状態になってきている。
そうした中で起きたデンマークの有力紙によるイスラム社会への挑発は、何を意味するのだろうか。
■イスラム社会全体への挑戦
モハメッド「らしき」人物の漫画を描き、その漫画をテロリスト風に描写した今回の行為は、ムスリムの感性そのものに暴力的に突き刺さり、ムスリムたちの心をズダズダにすることになった。
なぜそうなったかを、ムスリム以外の人が理解することはとても難しい。しかし、私たちが理解するためのキーワードはたくさんある。
今回の事件で強調されている「預言者」「肖像画」「偶像礼拝」などの一連のイスラム用語が、私たちの理解を助けてくれるのである。
私たち日本人は平和運動に熱心であり、世界の人々の核の恐ろしさに対する無知にもかかわらず断固、広島と長崎の経験と悲劇を伝え続けてきた。
実は、今回のユランズ・ポステン紙による挑発は、そうした私たちの平和への願いをも吹き飛ばしてしまうかも知れない、恐ろしい行為なのである。
つまり、ユランズ・ポステン紙のくだんの文化部長は、イスラム教が封印し続けてきた「パンドラの箱のふた」を開けてしまったのである。
今回の事件、というよりも挑発に対して世界中のムスリムが怒ったのは、モハメッドをテロリストになぞらえた漫画が掲載されたからだと思われている。しかし、ムスリムたちはそのことに怒っているのではない。モハメッド「らしき」人物の漫画を12点も「これでもかこれでもか」と並べることで、ムスリムの感性を逆なでにし、神への最大の冒である偶像崇拝というタブーを揶揄したことに対して怒っているのである。
同じジャーナリストとして、この漫画を掲載した文化部長の行為をとても残念に思う。と同時に、この記者が行なった行為がどういう意味を持っているかということを、わかりやすく説明するのが難しいことに気づいた。しかし、今回の行為の意味、とくに偶像礼拝の意味をわかりやすく解説している人が、ほとんどいないので、拙いながらも、あえて書きしるすことにした。
これは、人類の心と宗教全体、そしてこれからの世界平和に関連したとても大事なことなのである。
■表現の自由という勘違い
ユランズ・ポステンは1871年に創刊された古い新聞であり部数は約15万部、日曜版が約20万部で、デンマークでは最も大きな有力紙とのことである。
論調は創刊時から右派的で、今回の風刺漫画事件についても、掲載された05年の10月にはデンマーク国内のムスリムから抗議が殺到したものの、それに動じる様子はなかった。
しかし翌06年の1月になって、風刺漫画掲載の事実が海外に報じられ始め、世界各国に抗議活動が広がり、同紙はあわてふためいた。
とりあえず編集局長が「ムスリムの感情を害する意図はなかった」と謝罪し、漫画を掲載した当人である文化部長のフレミング・ローズを担当から降ろした。しかし、軽微な処分を受けただけのローズは、海外のメディアとコンタクトを取って、「表現の自由を守る」という口実で、騒ぎを大きくする工作をしていた。
最初は西側の新聞がなぜ、ユランズ・ポステンの漫画を積極的に載せてムスリムの怒りに火をつけ続けていたのかがよく分からなかったのだが、文化部の担当を降ろされたローズが積極的に内外の記者や学者と連絡を取り始めた結果だった。どうも、世界中のムスリムを敵に回して騒動を拡大したがっているようだ。真意は、どんなところにあるのだろうか。
2月17日になって当のフレミング・ローズがユランズ・ポステンに「なぜあの漫画を掲載したのか」という英文の長文記事を掲載した。
本人の説明は、おおむね次のようなものである。
(つづく)
初稿06年3月


