2004年12月05日

なぜノルウェーなのか?

12月10日は世界人権デーであると同時に、ノーベル平和賞の授賞式の日でもある。
ノーベル賞を創設したアルフレッド・ノーベルは、スウェーデン人であり、「物理学」、「化学」、「生理・医学」、「文学」、「経済学」の5つの部門はスウェーデンの首都ストックホルムで授賞式が行われる。しかし、もっとも有名なノーベル平和賞は隣国ノルウェーの国会から選ばれたノーべル委員会委員か選定、授賞式も首都オスロで行われる。どうしてだろうか?

▼なぜノルウェーなのだろうか?
 
ダイナマイトの発明で巨万の富をなしたスウェーデン人アルフレッド・ノーベルが、世界平和に貢献する賞を制定するよう遺言を残した結果が、ノーベル賞である。ノーベルは科学賞や文学賞などをスウェーデンの機関で扱うように指示し、一番重要な平和賞に関しては隣国のノルウェー国会で扱うように言い遺している。

 この疑問をスウェーデン人の友人にぶつけてみた。

「スウェーデンでは当時、王立アカデミーが幅を効かせていたのだが、そこに集まる学者たちはエゴイストの集団で、バランス感覚を必要とする平和賞を授賞する能力はなかった。ノーベルは学者たちの馬鹿さ加減に嫌気が差していたので、平和賞だけはノルウェーに任せようと考えたのさ。一番大事な平和賞がノルウェーに行ってしまったということは、スウェーデン人がいかに馬鹿かと言う歴史の証明だよ」
ともっともらしいことを言う。

 ノルウェー人の友人にこの話をしたら、げらげら笑い出した。

 「納得するね。実に正確な分析だ。でも、ノルウェー人もスウェーデン人に負けず劣らず十分に馬鹿だし、この計算で言ったら、どの国も平和賞なんて扱えないね。日本が扱うことにしたらどうだろう?」

▼もし日本が平和賞を担当したら?

 日本といわれて、ぎくりとした。日本がノーベル平和賞を扱ったら、さまざまな問題が噴出して、ノーベル平和賞はあっという間に空中分解するに違いない。

 そう考えると、ノルウェーがとっても立派な国に思えてきた。

「ま、あなたの質問はとても重要だと思う。ノルウェーの外交官だったら誰でも知っているはずだ。外交官に聞いてみるといい」

 たまたま招かれたレセプションで、ノルウェー大使館の一等書記官の女性に出会った。

 「スウェーデン人によれば、スウェーデン人は馬鹿なので、平和賞をコントロールする能力がないそうです。それで、ノルウェーに託したそうですが」
と話したとたん、彼女もまたげらげら笑い出し、床に転がりそうになりながら、居並ぶ外交官たちに、私のおかしな話を伝え、さらに笑い転げている。

「スウェーデン人が馬鹿だから、平和賞がノルウェーに来たなんて、ぜひオスロでそのジョークを話してください。大受けすると思うわ」
ひとしきり笑った後で、彼女は大まじめで、その理由を答えてくれた。

「スウェーデンは、フィンランドとは陸続きで、その先はロシアに続いています。さらにバルト海をはさんで、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、デンマークの各国に対面しています。これら隣国との外交バランスの舵取りを永久にしなければならないというのが、スウェーデンの宿命です。それに対して、ノルウェーはスウェーデンという国によって、これらの外圧から緩和されています。また当時のスウェーデンとノルウェーは連立国家だったのです。ノーベルは平和賞の中立性を守るために、ノルウェーの存在を頭に描いていたのです。もちろんスウェーデンの人々もこのアイデアに賛成しました。スウェーデン人は地理的理由で国際共存のあり方にとても敏感だったので、こうした決定をしたのです。これで、スウェーデン人が馬鹿でないことが理解できたでしょう?」

 最近はノーベル平和賞自体を批判する態度が目につくようになってきた。2001年に平和賞を授賞した国連のアナン事務局長に対して、アメリカ政府がその地位から引き落とそうとする動きも活発だ。

 100年間にわたって平和賞を守り続けてきたノルウェーへの干渉を行うようになってきた世界は、とても危険な方向に動こうとしている。

(c) 菅原 秀2004加筆、初出「アジア記者クラブ通信」2001 


参考図書ノーベル賞100年のあゆみ〈5〉...ノーベル賞100年のあゆみ 5


posted by 菅原 秀 at 18:16| Comment(2) | TrackBack(0) | ノーベル平和賞のしくみ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(上記URLはノーベル賞のページです)
日本政府はノーベル平和賞がお好きではないようです。というのは、最近の受賞者は、日本の外交政策に反するか軽視してきた人たちに与えられているからです。例えば東ティモールでは独立した現在でもインドネシア寄りですし、対人地雷廃棄には反対でした。先住民族問題では、つい最近まで「北海道旧土人保護法」が存在しており、各国への「開発援助」で生活を追い詰めています。ビルマの軍事政権を先進国で最初に承認し現在でも強力に援助しています。
第3回アフリカ開発会議では、東南アジアで行ってきた開発政策をアフリカにも適応しようとしていますが、当然、民主主義や環境、女性の権利、などは軽視されています。
そもそも、和平で最も重要な信頼の醸成に日本が成功したことがありません。アフガニスタンでは各派の仲介をしていたはずですが米国が侵略を始めるとあっさり放棄しましたし、インドネシアのアチェでは、中央政府寄りの姿勢を見透かされて拒否されました。
中東では、歴史的な経緯や人種問題に無縁な日本は重要な役割が担えるはずでしたが、イラク派兵で駄目になってしまいました。
1974年の佐藤栄作氏への受賞は、受賞理由を読めば、個人に対するというより日本国民全体へのものだということが解るでしょう。
それが遠い現実になってしまった現在、常任理事国になって何をするつもりなのでしょうか?
Posted by 野村民夫 at 2004年12月06日 02:57
コメントでURLを書くと「名前」へのリンクになってしまうことが判りました。
改めてノーベル賞のURLを書きます。
http://nobelprize.org/

ついでに第3回アフリカ開発会議のURLも書いておきます。
http://www.ticad.net/
「TICADの成果」が歪なものだということが解るでしょう。
http://www.undp.or.jp/ticad/whats_grown.html
Posted by 野村民夫 at 2004年12月06日 03:05
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